非暴力平和隊・日本

非暴力平和隊・日本ニューズレター創刊号(2004年3月)

【目次】
巻頭言:「しない」平和主義と「する」平和主義 君島 東彦
スリランカ和平に向けて - 支援キャンペーンのお礼 君島 東彦、大畑 豊
スリランカ・プロジェクトの進捗状況と総選挙 小林 善樹
第2回総会報告 大畑 豊
新運営委員の自己紹介 安藤 博、清末 愛砂
事務局便り NPJ事務局

巻頭言:「しない」平和主義と「する」平和主義

日本国憲法の平和主義は誤解されているのではないだろうか。たとえば、日本国憲法の平和主義は、日本人の豊かな生活をまもるためにある、日本人の豊かな生活にとってプラスだから日本国憲法の平和主義を支持するという誤解。あるいはまた、戦争がなければそれで平和になるという誤解。前文に示されている日本国憲法の平和主義は、世界の人々の平和的生存権を確認して、専制と隷従、圧迫と偏狭、そして恐怖と欠乏のない公正な国際社会をつくるために、日本の市民と政府が積極的にグローバルに行動することを要求している。第9条があるから、日本の市民と政府の行動はあくまでも非暴力的なものでなければならない。これが日本国憲法の平和主義である。

とりわけ南の世界においては、国家間の戦争がないからといって、平和であるとはいえない。専制と隷従、圧迫と偏狭、恐怖と欠乏が原因となって起きる南の世界の人権侵害、人道的危機、紛争にどう対処するかが、われわれに問われる。これに対して日本国憲法は、「しない」平和主義と「する」平和主義の2つの対応を求めているとわたしは考える。

人道的危機、紛争に対して、あくまでも武力行使しない、米国の武力行使に加担しない、自衛隊を紛争地に派遣しないという「しない」平和主義は、もちろん重要である。戦後日本においてこの側面は比較的まもられてきたが、イラクへ自衛隊が派遣されたいま、「しない」平和主義の再建は大きな課題である。しかし「しない」平和主義は日本国憲法の平和主義の半分だと思う。

もう半分は「する」平和主義である。公正な世界秩序をつくるために日本の市民や政府は何をするのかということである。自衛隊を派遣しない。それは重要だが、では何をするのか、それが問われる。「する」平和主義の構想・方法がないと、多くの日本人は「軍事的国際貢献論」にからめとられてしまうおそれがある。

「する」平和主義として、さまざまなNGO活動があるとわたしは思う。開発援助、人権保障、環境保全、女性の権利擁護、軍縮などの領域で多くのNGO が活動しているが、これらはまさに専制と隷従、圧迫と偏狭、恐怖と欠乏のない公正な世界をつくる活動である。そして、わたしたちの非暴力平和隊のように、「人道的介入」という名目の武力行使ではなく、紛争の非暴力的解決を支援するNGO活動がある。

1999 年のハーグ平和アピール、あるいは2000 年のミレニアム・フォーラム等の平和NGO の会議においてわたしが痛感したことは、世界の平和NGOは日本国憲法の非暴力平和主義を無意識のうちに共有しているということである。非暴力平和隊と日本国憲法の平和主義は互いに補いあう関係にあるといえる。非暴力平和隊の構想は日本国憲法の平和主義と同じ方向性を持っており、したがって日本の市民の積極的関与が期待され、また同時に日本国憲法の平和主義は非暴力平和隊の実践によってその妥当性が明らかにされる。非暴力平和隊・日本の果たすべき役割は大きい。

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スリランカ和平に向けて 支援キャンペーンのお礼

この度は、非暴力平和隊スリランカ・プロジェクトの支援キャンペーンにたくさんの方々のご協力いただきありがとうございました。

1ヶ月という短い期間ではありましたが、25人、1団体(市民平和基金)より合計44万8千円のカンパをお寄せいただきました。深く感謝申し上げます。

この額に非暴力平和隊・日本の会計から足して合計60万円をNPスリランカプロジェクトに3月26日に送金いたしました。

このキャンペーンを始めてからもスリランカでは大きな政治的出来事がありました。タミル人武装組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との和平交渉をめぐるクマーラトゥンガ大統領とウィクラマシンハ首相との対立などにより、大統領が2月8日、議会を解散しました。これによりLTTEとの和平交渉が停滞することは避けられないと思われます。この国は4年もたたないうちに3回の総選挙を迎えることになり、政治的混乱がさらに深まる懸念も出てきております。

この解散をうけた総選挙が4月2日に行なわれますが、平和隊はこの選挙の監視活動の支援を現地の監視団体「自由で公正な選挙を求める民衆行動(The People's Action for Freeand Fair Elections, PAFFREL)」らから依頼され、現在その準備で忙しく活動してまわっております。選挙関連ですでに数件の死傷事件が起きた事が報告されており、これから益々緊張が高まるものと思われます。

2002年に停戦が合意されましたが、その後の和平への道のりを決して後戻りさせることなく進め、20年にわたる紛争に終焉をもたらすためには、まずこの総選挙を無事終わらせなくてはなりません。そのためには地球市民社会による監視が今ほど求められている時はありません。

現地での活動状況等は随時ウェブサイトで報告しておりますので、どうぞご覧ください。

どうかこれからもスリランカに注目していただき、和平の推進を見守ってください。また平和隊が現地で安心して活動を継続できますよう物心両面に渡って、今後ともご支援、ご協力いただけますようよろしくお願い申し上げます。

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スリランカ・プロジェクトの進捗状況と総選挙

この創刊号が発行されるのは3月末の予定とのことなので、スリランカで4月2日におこなわれる予定の総選挙が間近に迫っている時になりますね。私は選挙監視員のボランティアとして現地で状況を見守っている予定ですが、日本からも関心を持って見守っていただきたいと思います。

 スリランカ・プロジェクトの進捗状況を報告するように、とのことなので、非暴力平和隊・日本(NPJ)のホームページの内容や、非暴力平和隊・国際事務局のホームページに載っている英文情報の内容も取り混ぜて報告します。

また、これを機会に、このプロジェクトのためにいくらかなりともご支援をお願いしたいと思いますし、現地に入って非暴力平和隊の活動に参加しよう、という方が現れることを期待したいと思います。

2002年12月のインドでの設立総会においてスリランカがパイロット・プロジェクトとして選択された時には、和平合意が成立して順調に協議が進んでいるのに、何故スリランカが選ばれたのか、という疑問も多少あったのですが、昨年春あたりから和平合意の協議の雲行きが怪しくなり、以前から対立関係にあったチャンドリカ・バンダラナイケ・クマーラトゥンガ大統領とラニル・ウィクラマシンハ首相の間の確執がピークに達して、昨年11月、大統領によって3閣僚が罷免され、大統領がその省庁を統括するという事態になり、さらには今年2月になって遂には4月2日に総選挙という事態になるに及んで、この国をパイロット・プロジェクトの対象として選択したことが間違いではなかったことを実感しています。

スリランカ・プロジェクトとしては、最終的に50人のフィールド・ワーカー(FW)を20地域に派遣しようという計画でしたが、資金繰りがつかないため、まだ第一次の10 人しか派遣していない段階で、このような事態となってしまい、事態の急変に驚いています。

昨年春にFWの募集が始まり、応募者の中から選別され、訓練を終えたFW10名(当初は11名だったが、1名が途中で去った)が昨年9月から現地に派遣されております。その中に非暴力平和隊・日本(NPJ)の大島みどりさんも入っておられることはご承知のことと思います。大島さんからの現地報告は、NPJのメーリングリストでも流されておりますし、スリランカ通信(1)から(16)として上記のホームページでご覧になれます。また、スリランカの全国平和委員会(NPC)のペレラさんからの情報も続々とメーリングリストで流されていますので、スリランカの状況はご承知の方も多いことと思います。

現在は、次の4地域に10人が派遣されています。バチカロアに2人、ジャフナに3人、マータラに3人、トリンコマリーに2人です。

東部海岸のバチカロア地域は、人口の90%以上がタミル人。チームはバチカロアの町から1時間程北のヴァルチェナイに本拠を構えているが、ここはムスリム/タミルの衝突やLTTEによる少年兵士の調達によって暴力と緊張状態を経験したところ。

ジャフナは、最北端の半島の町でほぼ100%がタミル人。その多くは政府によって移住させられた人たち。ここではThe Consortium of Humanitarian Agencies(人道支援団体協議会)が主なパートナー団体。

最南端のマータラは、大多数はシンハラ人だが、ムスリム人とインドタミル人(宗主国だった英国が茶畑やゴム園の労働者としてインドから連行した人たちの子孫)の孤立した地区が点在している。ここの緊張状態は、政府と、主にシンハラ人の反政府派の間の紛争。ここではPAFFREL(自由で公正な選挙を求める民衆行動)と一緒に活動している。

北東部海岸のトリンコマリーは天然の良港を持った工業地域で、ムスリム、シンハラ、タミルがほぼ同数。チームは湾の反対側のムトゥールに本拠を構えているが、2001年12月の停戦合意以降に起きた暴力による犠牲者が多かった地域。政府側支配地域とLTTE 側支配地域の境界でもある。この緊張状態はムスリムとタミル間の紛争によって起きてており、チームの本拠は両コミュニティの中間点におかれている。

地域によって状況が異なるが、地元の人たちや指導者たち、宗教関係者などとの接触を重ねた上で本拠をどこに据えるかを決め、紛争に関わったグループの間に共生をうながす対話を可能にするためのスペースづくりにとりかかっているようです。

それが、4月2日総選挙という事態になり、FWの全員がPAFFRELと共に選挙監視に取り組む態勢に変わり、大島さんは3月11日に任地のマータラを離れ、バチカロアのヴァルチェナイに滞在している、との連絡がありました。

NPが現地の主要なパートナーとしているPAFFRELという団体は、国内に2万人ものメンバーを持ち、選挙監視などに活躍しているが、選挙監視員として外国人であるNPのフィールド・ワーカーは11日から選挙監視の活動に入っており、さらに外国人の選挙監視員ボランティアを5〜10人募集したい、というアピールが出され、私はそれに応募した次第です。

全国的には、シンハラ人74%、タミル人18%(そのうち1/3 弱はインドタミル)、ムーア人7%という人口構成で、仏教徒のシンハラ人、ヒンズーのタミル人、ムスリムのムーア人相互間の民族的あるいは宗教的紛争、というように伝えられている。しかし和光大学の渋谷利雄さんは『スリランカ』(段々社発行)という本や旅行ガイドブック『地球の歩き方・スリランカ』の中で、これらの抗争が起きるようになったのは、当時の英国支配とキリスト教に対する抵抗運動として、仏教の復興運動が盛り上がり、民族宗教を強化しシンハラ・ナショナリズムを鼓舞する動きを見せた19世紀半ばからのことだ、と書いておられる。それまでは、民衆の間には対立はなく、通婚もあった。それが、シンハラ・ナショナリズムの高揚にともなって他民族、他宗教との軋轢が高まるようになって来たのだ、とのことである。

参考資料として、大さっぱに歴史を振り返ると、1505年ポルトガルの軍艦が乗り込んで、分立していた小国を次々に滅ぼして統治し、シナモン貿易を独占していたが、1558年から1796年まではオランダが、次いで1796年から1948年までは英国が取って代わり、植民地として紅茶やコーヒー、ゴムの栽培というような植民地型の農業を強いられた。

1948年には独立して英連邦の一自治領となったが、協定により英国の軍事基地を残すなど英国の影響が強く残されていた。1956年の選挙でバンダラナイケ(現大統領の父親)が率いる人民統一戦線が大勝し、バンダラナイケは首相となり、英軍基地の返還を実現したり、外国資本の国有化などに取り組んだ。しかし、公用語を英語からシンハラ語にしたことからタミル人の抵抗が激しくなり、59年に暗殺された。翌年バンダラナイケ夫人が自由党を率いて世界初の女性首相となった。

1972年には英連邦から完全に独立し、国名をセイロンから「スリランカ社会主義共和国」に変更(その後1977年に現国名の「スリランカ民主社会主義共和国」に変更している)、仏教に準国教的地位を与え、シンハラ語を公用語としたことから、タミル側が分離独立を要求するようになり、武装闘争が始まった。

1983年に民族抗争の大暴動が発生して以来内戦が続いていたが、2001年にノルウェーが調停に乗り出し、2002年2月和平合意が結ばれて18年にわたる内戦に一応終止符が打たれ、それ以来一応の平和状態が続いていた。人々はこの平和の継続を強く望んでおり、内戦へ逆戻りすることを非常に恐れている、と伝えられている。また、今度の選挙はこの4年間で3度目というもので人々が望んでいるものではない、とのことである。

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第2回総会報告

2004年2月15日(日)、水道橋駅近くのたんぽぽ舎で総会が開催されましたので、簡単に報告させていただきます。

昨年度の活動としては両共同代表による講演、ワークショップが毎月各地で行なわれ、昨年10月にはピースボートの地球一周の船上で1週間、非暴力連続講座を担当、ピースボートの人々と共にスリランカを訪れたことなどがあげられました。NPのスリランカのプロジェクトが始まってから最初のメンバー団体の訪問でもあり、「国際社会から支援されていることが実感できてうれしい」と歓迎されました。日本から派遣されている大島みどりさんとの再会ももちろんしてきました。

このスリランカ・プロジェクトを支えるために今年1月にスリランカ・キャンペーンを行ないましたが、これに対して個人からのカンパが24万8千円、それに市民平和基金から20万円。これに非暴力平和隊・日本の事務局会計から足して60万円を国際事務局に送金することが決められました。ご協力いただきました皆様には深く感謝申し上げます。

来年度も会員の勧誘、個人からのカンパを中心に、財団等をも念頭において財源確保に努めます。そして団体としての知名度、信頼を高めるために著名な方々からの賛同を得ていき、より多くの若者にも関心を持ってもらうために連続的な非暴力講座や大学での平和学関係の担当教官へ講座等で取り上げてもらうよう依頼していきます。

これらの活動を強化していくために、事務局スタッフを6ヶ月雇用することも決めました。

運営委員人事に関しては寺田和代さんの辞任、清末愛砂さん、安藤博さんの選任が承認されました。2004年度予算案は事務所代、人件費、事業費等で合計175万円が承認されました。

総会には、NP国際事務局、スリランカ事務所や賛同団体、平和団体からもメッセージが寄せられました。非暴力の社会実現のために、そしてこれらの活動計画を実現していくために、皆様方のご協力を今後ともよろしくお願い申し上げます。

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新運営委員の自己紹介

総会報告に書かれていますように、今年4月から安藤博さんと清末愛砂さんが非暴力平和隊・日本の運営委員に就任することになりましたので、このお二人にそれぞれ自己紹介の文章を書いていただきました。

ミドリに引かれて・・・

「運営委員」は、今度で4つ目となる。とても自慢になることではない。むしろ、いい年をして、自分が本当に打ち込もうとすることが定まらずにいることを暴露するようなものである。

NPのことを知り、関わることになったのは、もっぱら今スリランカの“前線”にいる大島ミドリさん、そして共同代表の大畑豊さんを通じての、偶然である。ミドリさんらに会ったのもまた、2002年の6月1週間ほどパレスチナ、イスラエルにご同行した偶然からである。

ミドリさんたちを知るきっかけとなった中東行きと同じように、NPへの関わりも言わば人道、平和へのアリバイ作りであることを白状しておこう。いたるところで暴力が広がっているなかで、無為にすごしていることへのうしろめたさを多少なりともやわらげようとの算段というわけである。同時に、偶然に導かれたこのあやふやな一歩で、志ある人々なかに身を置くことが、意味のある大きなステップにつながるかも知れないと期待していることも言っておこう。

手術はもちろん注射も、とにかく痛いこと、こわいことはみんなきらいな私にとって「非暴力」は、もっぱら逃げであった。つまりは、電車内の暴力を見て見ぬふりをし、暴力から身を遠ざけるような怯懦が、これまでの自分にとっての「非暴力」だった。

インド独立に向けてのガンディーの運動が、[非暴力]ではあっても、よく誤って言われる[無抵抗]ではないということを改めて知ったのは、NPの先輩からである。

非暴力の志は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」という日本国憲法のチャレンジそのものといえよう。「一国平和主義」と揚げ足を取られないようにするための個々の市民の実践こそが非暴力活動であろう。

容易なことではあるまいということだけはわかる。「ミドリに引かれて善光寺参り」ということなのだが、ミドリさんが伝えている蚊の猛襲のことだけでも、同じ試練に耐えられるかなと怖じ気付いてしまうのが正直なところである。

1938年東京都生まれ。東海大学平和戦略国際研究所教授(国際政治)。
 元朝日新聞記者(1960 年代初め、鹿児島、小倉で勤務。70 年代半ば、米ワシントンDC在勤)。バブルのようにふくらんでは消えた「日本新党」の立ち上がり期に政策担当。情報公開クリアリングハウス、行革フォーラム、市民立法機構各運営委員。
 著書に『日米情報摩擦』(岩波書店)ほか。

自己紹介

清末愛砂(きよすえあいさ)と申します。大阪大学大学院の博士後期課程に在学している大学院生です。「おんな」と周りから認識されています。自分のアイデンティティもそうですね。「おんな」として32年間生活してきました。フェミニストのアイデンティティを強く持っています。普段は、性産業への人身売買、女性に対する暴力などを研究しています。

研究以外には、パレスチナの支援に関ったり、移住労働者や野宿労働者の支援に少しだけ関わったりしてきました。パレスチナの支援に関しては、非暴力による抵抗運動に関心があります。ということで、パレスチナの非暴力による抵抗運動の国際連帯運動に関わってきました。イスラエルによるパレスチナ占領の問題に関わるときに、イスラエルの植民地主義を問わずには活動は出来ないと思っています。同時に日本の植民地主義やイギリスの植民地主義を追求する必要があると思っています。パレスチナに限らず、紛争に対する非暴力による市民の介入の可能性について強い関心があるので、非暴力平和隊・日本の活動を通して、非暴力による市民の介入に関するアイデアを多くの人々と共有していくことができればと思っています。

いろいろ書くと、なんだかとてもアクティブな人だと思われてしまいますが、実は違います。私はとてものんびりしています。あまり特技はありません。趣味の世界に生きています。特技ではないけれど、料理をすることがとても好きです。どこかでおいしいものを食べると、その味をしっかり覚えて、家で自分で作ってみたりします。あとは、弦楽器が好きで、下手なのですが、ヴァイオリン演奏も趣味の一つです。非暴力平和隊・日本の活動を通して、新しい人々に出会うことを楽しみにしています。よろしくお願いします。

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事務局便り

今後の会報の発行について

定期的に会報を発行することを昨年6月の総会で決定しておきながら、会報の発行がこんなにも遅くなってしまいましたことを、まず深くお詫びいたします。今後は2か月に1回のペースで会報を発行していく予定です。会報のあり方に関して、ご意見やご要望などございましたら、非暴力平和隊・日本の事務局にぜひご連絡下さい。

2年目の会費納入のお願い

非暴力平和隊・日本の会費は、会員となった最初の年につきましては、振り込んでいただいた日の翌月1日から1年間有効です。ただし、会員制度が正式に発足したのは昨年6月の総会においてですので、昨年の5月以前に会費を振り込んでいただいた方につきましては、振り込んでいただいた日付にかかわらず、会費の有効期間は昨年6月1日から今年の5月末までとさせていただきます。2年目以降の会費の有効期間は、会費を振り込んでいただいた日付にかかわらず、前年の会費の有効期間が切れる日の翌日から1年間ということになります。

会費の有効期間が切れる日が近づきましたら、事務局から連絡いたしますが、事務局から連絡がある前でも、早めに2年目の会費を納入して下さいますようお願いいたします。また皆さんのまわりに非暴力平和隊・日本の活動に関心をもってくださりそうな方がいらっしゃいましたら、ぜひ入会をお勧め下さい。

会員の種類

会員には正会員と賛助会員があります。正会員は総会での議決権がありますが、賛助会員には議決権がありません。会費は以下の通りです。

正会員

  • 一般 10,000円
  • 学生  3,000円
    (団体は正会員にはなれません)

賛助会員

  • 一般 5,000円(1口)
  • 学生 2,000円(1口)
  • 団体 10,000円(1口)
    (1口以上で何口でもお願いします)

会費の支払い方法

郵便振替口座:NPJ
 口座番号:00110-0-462182
銀行口座:NPJ代表 大畑豊
三井住友銀行白山支店(普)6622651

今後の主な活動予定

4月17日午後2〜5時
講演会『ガンディーの視点から現代文明・平和運動を見直す』
講師:田畑 健
場所:文京シビックセンター
参加費:800円

また6月頃にはスリランカに関するセミナー、9月頃にはスリランカへのスタディー・ツアーを行うことを計画しています。

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