非暴力平和隊・日本

非暴力平和隊・日本ニューズレター第8号(2005年5月25日)

【目次】
巻頭言 安藤博
スリランカ通信 大島みどり
スリランカNGO報告 大橋祐治
FTM トレーニング報告 外山聖子
PBIインドネシア・レポート 藤村陽子
非暴力連続講座報告 国吉志保
NPJ賛同人について 安藤博
今後のお知らせ NPJ事務局

巻頭言 市民官僚

自慢ではないが、いくつかの市民活動団体で「運営委員」などを二股三股かけて務めている。NPJでは、「理事」の称号に加えて「事務局長」にまでしていただいた。一昨年以来首を突っ込んでいる憲法についての市民活動で、いつの間にかそうさせられてしまったのに続くダブルワークだ。文字通り、自慢できることではない。むしろ、自分の活動が集中力を欠いて散漫であることの証左というべきだろう。

こんなことをしているうちに、いかにも官僚的な発想、ものの言い方をするようになったみたいだ。いやな感じがする。官僚制を「親の敵」として、情報公開や行政改革などの市民活動に加わってきたのだが、そうした活動のなかで、心ならずも、官僚が得意とする前例踏襲や"落としどころ"を作って議題を用意したりするようになっていることに気付くのである。これが、「事務局長」になって一段とはなはだしい。経済界の代表組織、経団連は、大きな組織と力を持つが故に、民間団体でありながら、その職員は官僚的傾向が強いというので、「民僚」と陰口される。この顰(ひそみ)にならえば、小生など「市民官僚」、「市僚」と言われかねない。

最近は、事務局への作業依頼につき「今後は事務局長を通して行って頂くようお願いいたします」というお達しを、事務局長名で発する破目になった。ニューフェイス、「クニヨシヒカル」の関西系プロダクション・マネジャーとして、「公演依頼は、わてを通してもらわんな、あきまへんで」とすごんだりするなら楽しかろう。

が、経費節減のため事務局への雑務依頼に立ちはだかって、官僚的交通整理をするなど、なんともわびしい。

ことさら官僚的になるのは、時間に関わるときである。仲間の「市民」たちが、予定の議題を無視して好き勝手な議論に時間を忘れているのを、牧童が牛や羊を追い立てるように、時間の囲いのなかに押し込めようとする。シンポジウムを開催するとなると、いきおい司会をさせられる。「発言妨害は、むかし総会屋でアルバイトしていたころに憶えた特技でして」などとうそぶきながら、脱線気味の長広舌を振るう質問者の封じ込めに、これつとめる。確かに、何を言いたいか聞きたいかがはっきりしないまま、自分の出席を確認するためだけにものを言っているのかと思えるような発言者が、シンポジウムの類いにはたいてい一人や二人いるものだ。主催者・司会者としては、残る時間を見ながら、残っている講演予定者のための時間確保に努めざるを得ないのである。

こうした時間管理の官僚的臭みを、いやでも気付かせられたのが、あのJR西日本・福知山線の脱線大惨事である。「利益追求・安全軽視」が難じられるのに加えて、分秒の遅れにこだわる日本人の「異常なまでの」定刻遵守に話しが及ぶ。いわく、「ヨーロッパの国のいくつかでは、列車は時刻通りに発着する方が珍しいくらいだ」、「スイスの鉄道は、正確さと信頼性は高いが、(中略)スイス人は電車が多少遅れるのは仕方がないと納得している」(『朝日新聞』5月3日付け投書欄)。

そう言えば、「定刻」に関して、おかしなことがわれわれの周りにはいろいろある。飛行便が逆風で遅れたのを、スチュワーデスが謝っている。謝る理由のないことに頭を下げているのをみると、「なんでもいいから、頭さえ下げておけば無難」と、裏で舌を出している様子が浮かんできてしまう。とはいえ、逆風による延着に文句をつける愚か者も、ときどきいるのかもしれない。

この種の話を、民族、人種、国民性につなげるのは危険だが、確かに日本人には、特に都会人には、「遅れたくない」という脅迫観念めいたものさえ感じられることがある。自宅への帰途の夜9時過ぎ、地下鉄乗換駅の九段下でいつも目にする異常な"ダッシュ"もその一つだ。半蔵門線から東西線への乗り換えで、乗客のひとかたまりが、ドアの開くのももどかしくホームに飛び出して、階段を駆け上がり通路を疾走する。東西線がちょうど入ってくるのかと、こちらもつられて走ってみたことがある。そうではない。乗り換え先の電車をきわどいところで逃し、次を待つことになるのを恐れて、なにはともあれ走ってみているだけだというのがわかった。何かに追われて駆け回るにわとりの群れを思わせる、惨めな疾走だ。

「何事につけてもせかせかとあわただしい日本人」は、ひと様に限ってのことでは、もちろんない。わたくしめこそその権化だと、家人などは思っていよう。食事に始まり旅行に至るまで、「どうしてそんなに急ぐの」と野蛮人扱いされている。最近になってついに、「もう、一緒に出かけることはしません」と宣告されてしまった。

ただ、定刻についての過剰なこだわりを咎める勢いが余って、遅刻を当たり前のように開き直ることになれば、それはことの本筋を外れた脱線といわねばなるまい。私の周辺では残念ながら、それはいわゆる「市民」に見られる傾向である。NPJに限ってはそういうことはないが、市民活動の集まりは、多くの場合三々五々にやってきて、「大分時間も過ぎましたから」で開会となる。ゼニカネに縛られたサラリーマンや権力操作に明け暮れる官僚たちとは異なる、自由な市民の、それが特権であるとでもいいたげに。その気になれば守れるはずの時間を、なんとなく破っている。遅れて着くのを主催者に知らせるという、遅刻したときの最低限の作法を守ることさえしない。「そんなことだから市民は、官僚に、権力政治家に負けるのだ。清く、正しく、つつましいの加えて、弱い、負け犬にされてしまう」と、こちらは舌打ちをしながら、意味なく遅れる開会を待たされることが多い。

守るべきことと、無理には守るべきでないこと、つまり優先すべき他の価値に譲るべきこと―この分別はそれほどやさしいことではない。が、電車や飛行機の発着にせよ、借金の返済にせよ、(ここでちょっと声を落として)原稿の締め切りにせよ、この世は約束された時間の連鎖で成り立っている。「遅刻は、他者の時間を盗む、してはいけないことなのである」―とこんなふうに、このところますます「市僚」的になっている。

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スリランカ通信 マータラでの津波被災救援活動

前回の会報で少し触れましたように、わたしは3月23日、スリランカ最北端のジャフナから最南端のマータラへ再移動しました。去年9月中旬まで10ヶ月を過ごしたマータラの町と人々の中で、なつかしさと慣れた環境に安堵を感じる反面、半年という時間とさらに津波被災による変化に、当初とまどいと緊張を感じざるを得ませんでした。ましてや今は、たったひとりのチーム。何をするにも、じぶんの選択と判断しか頼るものはありません。

移動から2ヶ月弱、その間に新年を含む祝祭日や、来客訪問による通常活動の停止期間があり、実質はほぼ1ヶ月にも満たないものでしたが、きょうはマータラでの活動を、かいつまんでご報告させていただきます。

主な活動

わたしが今回マータラで当面重点においた活動は以下の4点です。

1. 波被災救援活動の現状把握:ジャフナやその他の地域と同様、マータラでも県知事 (Government Agent, GA) あるいはその代理が主体となって行う、各セクター(「水・衛生」「仮設住宅」「教育」など)ごとの地元と国際NGO(NGO/INGO)による会議が定期的に開かれています。被災後時間が経つにつれて、会議自体の数も、また参加者数も減りつつありますが、それでも関係セクター(特に「社会心理および安全・保護」)の会議には時間が許す限り出席し、現状と問題点の把握に努めています。

2. 避難民キャンプのモニタリング:スリランカ全土で活動する人権問題コミッション(Human Rights Commission:政府関連の組織だが、人権問題全般に関して、政府の活動に対しても監視・意見する)が、津波被災救援活動を監視する災害救援監視対策部(Disaster Relief Monitoring Unit, DRMU)を設置しました。NPはそのワーキング・グループの一員として、DRMUから直接、避難民キャンプにおける人権を中心とした問題のモニタリングを要請されています。

3. 上記2点に関する報告と対応:書面での報告については現在はNPのコロンボ事務所あてに送るのみですが、上記2で気づいたことは、その必要性に応じて、関連団体(例えば各地域の行政や各セクターのNGO/INGO)へ直接報告・問い合わせを行います。

4. NPの南部での活動をより充実させるための事務所設置地域の検討:NPのマータラにおけるプレゼンス(存在)の必要性あるいは有効性については、かなり以前から検討がされてきましたが、5月末の事務所兼住居賃貸の契約終了を機に、NPの南部での活動内容および事務所設置場所(地域)について再検討することになりました。

避難民キャンプを回る

マータラ県では沿岸の4つの地区(division)がすべて被災しました。西(ゴール県境)側のほうが被災は大きかったようで、ウェリガマ地区に10箇所、マータラ地区6-7箇所、そしてデヴィヌワラ地区とディクウェラ地区にそれぞれ3箇所ずつの計22-23のキャンプが存在します。ただし、キャンプで生活を送る避難民以外にも、多くの人々が、親戚の家やその敷地内に仮住まいをしており、前を通り過ぎただけでは、そこが行政の認定した「キャンプ」なのか、あるいはただ親戚の敷地内に身を寄せている避難民家族がいくつか集っているだけなのか、見分けがつきません。つまり認定されたキャンプを回るだけでは、避難民全体の現状なり問題を把握したとは正確には言えません。

しかし、それでも、メンバーがわたしひとりしかいない現状では、これだけのキャンプを回るだけでも相当の時間がかかります。自由に動き回る車もないので、キャンプを回る日は事前に運転手付き小型バンを頼み、通訳をしてくれる方をお願いします。雨季前のいちばん暑い季節、日陰を選びながらインタビューをしていても、3-4箇所のキャンプを3-4時間かけて回るのが精一杯です。けれど、そうした過酷な環境の中で毎日を暮らしている人々を思えば、何も不服を言う気持ちにはなりません。5月初旬までに、わたしはデヴィヌワラとディクウェラの6箇所、ウェリガマの4箇所、そしてマータラの1箇所のキャンプを訪問しました。

キャンプでの問題

紙面が限られているので、訪問したキャンプで遭遇した問題をひとつだけご報告します。

マータラでは、県北部の紅茶プランテーション以外での、(イスラム教徒を除く)タミル人コミュニティの存在についてはまったく聞いていなかったので、ディクウェラの行政 (divisional secretary) から、タミル人が4家族だけ住むというキャンプがあるという話しを聞いたときには、その事実(タミル人コミュニティの存在そのもの、彼らがプランテーションでの労働以外で生計をたてていること、シンハラ人社会のただなか、よりによって津波災害を受けるような海岸線沿岸で生活していたことなど)に、とても驚きました。しかもその4家族が、主に飲酒による行動で周辺の村人とのあいだで問題を起こしており、彼らをほかに移住させる場所もなく悩みの種になっているというのです。

訪れたキャンプは、公園(運動場)のようなところに建てられたテントだけのほんとうに粗末なものでした。土の上にそのまま張られた4つのテントに子ども8人を含む19人が暮らしています。ほかのキャンプで建設が始められているような仮設住宅建設も、ましてや再定住のための住宅建設計画にいたっては、その場所がどこであろうと、彼らの長期在留を周囲の人々が好まないという理由で、手がつけられない状態なのだそうです。

市場で荷を運ぶような肉体労働で日々の糧を得る彼らは、被災した多くの漁師達が失ったボートや網を必要とすることもなく、ただ市場などの働ける場所が住居の近くにありさえすれば、それで生活できると訴えますが、その住居をあてがわれる予定も希望もなく毎日を過ごしています。もちろん行政側もそれなりに手を尽くしてはいるのでしょうが、それでさえ津波被災者全員を収容できる再定住地の確保に頭を悩ませている現状で、少数派のタミル人家族に提供する土地を探すというのは、予想をはるかに超えた難問だろうと察します。

ちなみに、避難民たち自身に訊いたところでは、周辺のシンハラ人コミュニティとは何の問題も起きていないという話でしたが、キャンプを遠めに監視・守衛している警官からは、彼らの飲酒量は並大抵ではなく、大声をあげて騒いだりすることもたびたびだと聞かされました。もちろん一度の訪問や聴き取りだけで、真実のすべてを判断することはできません。ただ、キャンプでの飲酒(とそれが元で起こる暴力)問題は、このタミル人キャンプに限らず、南部では大きな問題になっていること、しかしそこで生活する人々はたいていそれを隠しているという状況については、わたしが出席したほかの会議でも取り上げられていました。

そしてまた、住人たちにたとえどんな問題があるにせよ、このタミル人キャンプがほかのキャンプに比べて、設備や待遇において悪条件におかれているというのは、事実といって差し支えないと思います。けれど、どうしたらこの問題を解決できるのか、わたしには即答はありません。これはシステムの問題でありながら、同時に、他民族・他宗教・他文化・他風習とどのように共存していくかを根底から問う、人々の心に根ざした問題でもあるからです。

飲酒問題については、それに取り組むためのチームや専門家による対応・改善策を模索しています。が、南部シンハラ人社会の狭間で津波被害を受けたタミル人コミュニティへの対応は、誰かが何かを始めない限り、改善されることはありません。

NPはそれに対して何ができるのか、あるいはNPにできることは何もないのか、わたしはいまコロンボ(マネジメント・チーム)に問いかけています

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スリランカ復興開発NGOネットワーク・活動報告

「スリランカ復興開発NGOネットワーク」(以下略称ネットワーク)とは、スリランカの和平プロセスの推進を支援するため、スリランカで復興・開発に携わっている日本のNGO13団体(2005年3月31日現在)の情報交換、相互協力、資金獲得、広報活動面での協力などを行うネットワークです。原則月一回の定例会議と勉強会を開催しております。加盟13団体のリストは末尾に掲載しております。

(1)スリランカ和平プロセスの現状

●5月18日のAP通信、19日のAFP-Jiji通信によると、スリランカの和平推進に資金提供を約束したドナー諸国の会議が古都キャンデイで16,17日の2日間にわたり開催されたとのことである。この会議で昨年末の津波被害に対する援助資金(総額20-30億ドル)の活用方法について議論がなされた。援助資金の活用のメカニズムについてのスリランカ政府の方針が確定されていないために、コミットされた資金援助のうち、現在、5500万ドルしか実現されていない。問題は援助資金の公正、公平な分配(具体的にはタミルが主流の東部、北部とシンハリ主流の西部、南部に公平に配分)であるが、これを実現するためにクマーラトゥンガ大統領はLTTE(タミル・イーラム解放の虎)と合同の組織を立ち上げ、東部、北部地域が納得するような援助資金の活用を計り、今後の和平プロセスにも役立てようとする方針を明白にしている。

これに対し与党側の人民解放戦線(JVP)は、大統領の方針はLTTEの分離独立につながるものとして与党連合から離脱をほのめかし、また、与党を支持している仏教徒の政党も大統領の方針に反対している。ドナー会議は大統領の方針を支持し、和平プロセスの再開を強く要請したものである。

●4月29日、タミルネット編集長ダルマラトナム・シヴァラーム氏が暗殺された。同氏は、5月24日には日本で講演会を予定していたが、講演会は急遽中止となった。昨年はじめ、カルナ大佐率いる東部のLTTEの一部が本部から離反し、いまだにLTTE内部の紛争は続いている。幸いなことに、このことが和平プロセスの障害になっているとの情報は確認できない。非暴力平和隊の草の根レベルでの働きが貢献しているものと期待したい。

(2)「ネットワーク」例会 (4月20日、5月12日)での各NGO活動状況

各NGOの活動は、これまでの津波被害に対する緊急支援が一段落し、ほぼそれぞれの本来業務に復帰している。(心のケアキャンプ、孤児院支援、職業・技術訓練、女性の自立支援、プランテーション居住者・労働者の生活改善事業、漁具・魚網の提供など)非暴力平和隊は3月末時点で本来業務に復帰した。

(3)「ネットワーク」の2005年度活動方針など

「ネットワーク」の体制は、外務省主宰の「国別NGO研究会」でスリランカが対象となり、2003年度、2004年度は「ネットワーク」がその受け皿となり「ネットワーク」の体制もできた(日本の官庁諸機関との情報交換・協力、スリランカ政府・要人との会合、調査団派遣・報告書作成費等の資金援助など)。

2005年度については、従来のような支援が期待できるかどうか不明だが、それとは関係なく「ネットワーク」としての活動を継続していく。即ち、月1回ほどの会合を持ち、(1)ネットワークとして、情報交換・意見交換を行なう。(2)スリランカの経済・社会を理解するために継続して勉強会を行なう。(3)(外務省への申請が通れば)「NGO研究会」としての調査研究を行なう。

(4)外務省へ申請した企画書の概要

●方針・目標
 「NGO同士の連携・情報共有を促進し、NGOが得られた知識や技術をもとに事業実施能力を高める」という本業務の事業目的・実施方針に沿って、以下を実施する。
1)ネットワーク加盟団体の初動調査、緊急救援、復旧・復興支援における経験の共有
2)スリランカ専門研究者の見解の学習
3)他地域における災害救援にかかわったわが国NGOや国連機関職員の経験の共有
4)現地調査ならびに現地における関連諸団体とのワークショップ

●活動内容
1)月例定例会における情報共有
2)研究会の実施

  • 開催月
    テーマ
    講師(予定)
  • 2005年6月 第1回研究会
    スリランカの貧困層と津波被災
    W.D.ラクシュマン(佐賀大学教授、経済学博士)
  • 2005年7月  第2回研究会
    スリランカ和平の現段階と津波被災者緊急支援・災害復興
    足羽 與志子(一橋大学大学院社会学研究科教授)
  • 2005年8月  第3回研究会
    スリランカ経済と津波ならびに災害復興
    荒井悦代(アジア経済研究所地域経済第一部スリランカ担当)
  • 2005年9月  第4回研究会
    インドネシア/インドにおける津波被災者緊急支援と災害復興
    WVJ/PWJ他
  • 2005年10月  第5回研究会
    災害復興支援における国連機関の役割とNGO
    UNDP/OCHA/UNHCR
  • 2005年11月  第6回研究会
    緊急出動と安全管理の講習
    JPF
  • 2005年12月  第7回研究会
    わが国援助機関の災害復興対応における課題
    外務省民間援助室、JICA、JBIC、JPF
  • 2006年1月  第8回研究会
    現地調査及びワークショップ
  • 2006年3月  第9回研究会
    現地調査・ワークショップのまとめと提言(公開報告会)
    ネットワーク構成団体

(5)スリランカ大統領報道官ピーリス氏との会合(3月25日)

JICA会議室で1時間半会談を行った。質疑応答を含め幾つかのポイントを下記する。

  • 日本は多国間、二国間含めスリランカの主たるドナーであり、パートナーである。日本のNGOの活動はJICAなどによる国家間の援助を補完するものであると認識している。政府対政府の関係は、市民対市民の関係に裏打ちされるもので、日本の市民社会の関与は歓迎される。
  • 和平プロセスは幅広く、政府とLTTEの関係はその一部でしかない。人と人との関係も非常に重要な側面で、その意味でも草の根の活動を促進していく必要がある。政府に全てを期待するのは難しく、市民社会が政府の活動を補完していくことが必要だ。国際NGOはローカルNGOのキャパシティビルディングに貢献することができる。
  • 停戦合意が結ばれてから既に3年が経過しており、停戦がこのまま続くのではないかという自信が生まれている。
  • このことは、人々の行動を観察するとよく分かる。出身地に戻り、生活を立て直している人々の存在が、人々の和平プロセスへの信頼を物語っている。今回の津波の発生は人々の平和に対する思いをより強いものにしたと思う。紛争では20年間で6万人が亡くなったが、津波は20分で3万5千人の命を奪い、おそらく紛争よりも多くを破壊した。ただ、長期化した紛争の解決はイベントというよりはプロセスで、時間がかかるものだ。
  • 津波はスリランカの海岸の3分の2を襲い、3万5千人が亡くなり、その3倍もの人々が負傷し、100万人が避難民となった。20万人から50万人が未だ政府の福祉センターで生活している。道路や鉄道、学校など、インフラへの被害も甚大である。
  • 現在は緊急支援の段階から復興・再建の段階に移行しており、再建に関し政府とLTTEで共同のメカニズムを作っていこうと計画している。

*スリランカ復興開発NGOネットワーク構成団体:アジア太平洋資料センター (PARC)/アジアを紡ぐ会 (ASA)/オイスカ/ケア・ジャパン/自立のための道具の会(TFSR)/日本紛争予防センター (JCCP)/日本YMCA同盟/反差別国際運動 (IMADR)/BHNテレコム支援協議会 (BHN)//ブリッジ エーシア ジャパン (BAJ)/マリー・ストープス・インターナショナル (MSI)/ワールド・ビジョン・ジャパン (WVJ)

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スリランカ・コア・トレーニング報告

I. 出願から出発

1. 願書提出

私が非暴力平和隊のメーリングリストでスリランカ・フィールドメンバー募集を知ったのは、去年(2004年)の12月だった。国際教育開発学部の紛争解決・平和教育学の教育修士課程を修了し、当時就職活動をしていた私は、このまま大学院で研究を続けるか、それともフィールドで今まで勉強した平和構築理論を実践するか迷っていた。「とりあえず受けてみて、行くかどうかは受かってから考えよう」という気持ちで願書を出したのは、年も明けて2005年に入った1月6日だった。

2. 電話インタビュー

2月の初旬に「電話面接がありますから、希望の日にちを教えてください」というメールが届いた。「うーん、電話インタビュー…。」私は顔の見えない電話が苦手である。そんな私に容赦なく面接は2月9日の22時に決定、そして時間通りにアメリカから国際電話がかかってきた。担当の人から、およそ30分掛けていろんな質問を受けた。「あなたは、平和教育・紛争解決の知識をスリランカで生かしたいと書いているけど、あなたが考えていること全部実践できるとは限らないわよ。それでもいいの?」「あなたの発展途上国での経験はインドでの1ヶ月しかないみたいだけど、スリランカで2年間もやっていけるの?」「なぜスリランカで平和活動をしたいの?日本でもできることは沢山あるでしょう」などなどである。このとき私は正直、「なんでこんな答えにくい質問ばかりするんやろ。これはもしや、落とすためか…?」とさえ考えた。そしてその10日後の2月19日、最終選考とコア・トレーニング招待への通知が届いたのだった。

3. 出発準備

「ちょっとスリランカ行ってくるわ〜」両親には出来るだけさりげなく伝えようとした。が、「あら、よかったじゃない。紅茶買ってきてね」という楽天的な母に対し、「なんでそんな危ないところに、わざわざ行くねん。お前は自分のしたいことをするためには、親の気持ちはどうでもええっていうんかー!」と叫ぶ父を説得するのには、ちょっと時間がかかった。

最終選考に残る22人が決定した時点で、「非暴力平和隊・最終選考&コア・トレーニング参加者」という名前でメーリングリストが作成され、全ての報告や情報交換はここで行われた。スリランカに行く前から準備するよう指示されたものは、アセスメント(選考)におけるプレゼンテーションの準備、マラリア注射(任意)、パスポート作成、スリランカ情勢についての予備勉強、1ヶ月分の身の回り品、日本についてのプレゼンテーションの準備などであった。

その中でも特に時間が掛かったのが、自己紹介文の作成である。これはエニアグラム性格分析に基づいて、15分程度の自己紹介文を英文で作成する、というものだった。エニアグラム性格分析とは、人間の基本的な性格を9つに分類するもので、今回はネット上で130項目以上もある質問に答え、自分の性格の傾向を探り出すというものだった。その結果、9つのタイプのうち私は「研究者」と「情熱家」の資質がかなり強いのに対し、「平和活動家」の傾向がかなり弱かった。「うーむ、平和NGOで働くのに、平和活動家としての資質がなくてどうする…」という一抹の不安とともに、出発の日を迎えた。

II. 出発そしてアセスメント

1. スリランカ到着

3月25日、関空発シンガポール航空の正午便で18時にシンガポールに到着。同日22時のコロンボ行きに乗り26日の深夜0時コロンボ空港に到着。夜だというのに蒸し暑い。思わず大阪から着てきたセーターを脱いだ。出口に行くと「NP SEIKO TOYAMA」と書かれた札を発見し、一安心。「もし、誰も迎えに来ていなかったら、僕が近くのホテルまで送ってあげるよ」と言ってくれた、機内で隣だった陸軍勤務のスリランカ人に別れの挨拶をし、そして迎えのバンに乗り込んだ。インドを思わせる町並みのコロンボ、そして犬、人、車が入り乱れる道路を約一時間走り、マウント・ラビニアというところにあるホテルに到着したのは、午前2時だった。そこで一泊した後、同日18時過ぎにホテルを出発。アセスメント(選考)とトレーニングが行われる、バンダラガマのサルボダヤ教育開発センターについたのは3月26日の20時だった。

2. アセスメント(最終選考)

最終選考のためスリランカに世界から招待されたのは全部で22人、そのうち9人が女だった。その内訳はシエラレオネ人(男)、バングラディッシュ人(男)、イラン人(男)、パレスチナ人(男)、アメリカ人(男1、女2)、オランダ人(男1、女2)、イギリス人(男)、南アフリカ人(男)、セルビア・クロアチア人(男)、ドイツ人(女)、ガーナ人(男)、フィリピン人(女)、パキスタン人(男)、カナダ人(女)、ブルンジ人(男)、台湾系エジプト人(男)、コロンビア人(女)、そして日本人の私、である。このうちコロンビア人だけがトレーニングに参加しなかった。

最初の1週間に行われたアセスメントを担当したのは米国ワシントン州からスリランカ入りしていたデビッド・グラント氏、コロンボ・オフィスのウィリアム・ノックス氏、そして現地スタッフのアヨミ・ミリヤガラ女史の3人だった。グラント氏は初日に「あなたたちがスリランカに残るか残らないかは、僕たちが決めるのではなく、むしろあなた達が決めるのだ。その過程を手伝うのが僕たちスタッフの仕事だ」と言われた。まさしく非暴力的選考過程である。

アセスメントでは、まず初めにNPスリランカ・フィールドメンバーの義務、非暴力平和隊の理念、契約についてなどが紹介された後、現地での状況を知るために現在活動しているフィールドチーム・メンバーとのオープンフォーラムがあり、私たちが現地でどのような活動を行うかについての説明が続いた。また毎日4−8人ずつ個人のエニアグラムを使った自己紹介などもこの週に行われた。夜にはチームビルディング・ワークショップなどがプログラムに組まれており、これらを通じて徐々にチームの人々の人物像がわかってきた。そして第一週の最終日に一人ずつ面接が行われ、残ることを決めたメンバーが2週目から始まるコア・トレーニングに参加することを告げられた。1週間のアセスメントを経て、結局3人が帰国することになり、残った18人が2週目からのコア・トレーニングに参加することになった。

III. コア・トレーニング (Core Training)

4月4日からコア・トレーニングが始まった。この「コア・トレーニング」と、7月から2ヶ月間行われる「インカントリー・トレーニング(In-Country Training)」の大きな違いは、その「目的」にある。「コア・トレーニング」とは、その語の通り「根本的・基本的トレーニング」である。つまり非暴力平和隊が、将来他の地域に現地オフィスを開設する際にでも、世界中のフィールドメンバー全員が必要とする知識、情報、技術などを身につけることがその目的であり、その内容としては非暴力平和隊の理念や義務、非暴力の概念、そして護衛的同行、割り込み、国際プレゼンスの意義などが挙げられる。それに対して「インカントリー・トレーニング」は、その国独自で必要な知識や情報などを習得することを目的とする。例えば、その国の言語や文化、政治情勢や地理、そしてその国で特別に行われている仕事などがあればその技術の習得などである。

とは言うものの、今回のコア・トレーニングは、終わってみれば両方の要素がかなり混じり合っていたことも否めない。これは、「もっとスリランカでの実践的なスキルを教えてほしい。」、また「スリランカの現情勢を教えて欲しい。」などという参加者の要望にトレーナーたちが最大限に応えようとした結果でもある。トレーニングの内容は大きく分けて以下の6つのテーマに分類されていた。

  1. 任務:非暴力平和隊、第三者の非暴力的介入(TPNI)、業務を行うための技術など
  2. 環境:紛争地における任務
  3. 大規模な紛争分析の手法
  4. 緊急時対策:危機管理、対人レベルでの衝突緩和スキル
  5. チーム構築:チームで共に仕事・生活するということ
  6. 自己管理:肉体的・精神的健康の維持

これらの詳細については、スリランカで取った膨大な量のノートの整理が未完了なので、作業が終わり次第ご報告した。

IV. 所感

今回スリランカでのコア・トレーニングを受けての印象は、やはり非暴力平和隊がまだまだ若いNGOであるということだった。特にスリランカ・プロジェクトに関しては、これからの多くの可能性を秘めているが反面、始まって2年足らずの経験やノウハウの不足から、国の紛争状況や現地の人々のニーズに合わせた対応をするための態勢が十分に整えられていない。トレーニングスタッフやトレーニング参加者たちのそれゆえの苦闘や葛藤も垣間見られた。参加を辞退したり、現時点でまだ参加を決めかねている人がいるのも事実である。

ニューズレターNo. 8
最終日のディナー(左端が筆者)
世界中から選抜されて今回のトレーニングに集まってきた人々の経歴は、ジャーナリスト、国連機関(主にUNHCR)での勤務経験者、弁護士、平和教育者、環境・人道NGO勤務経験者、警察官、商社勤務者、大学講師など錚々たるものだった。それらを考慮に入れた上での現在のNPスリランカプロジェクトの課題としては、

1. スタッフの資質を最大限に活用して活動の幅を広げ、現地スタッフがスリランカで2年間、能力を遺憾なく発揮できる態勢を整えること。(人道支援や人権教育の普及、和解・調停などのトレーニングの充実、情報発信のための媒体構築、平和教育の導入など)

2. 第1期のスタッフや私たち第2期スタッフが心身ともに健康で安全な状態で、スリランカで勤務できる体制を整えること、(政府や軍との相互協力関係の構築、他の国際NGOとのネットワーク構築など)

3. ジェンダー的視点からの考察を加える。IDP*(国内避難民)や津波被害者の多くは女性である。また管理職レベルにおける女性スタッフの増員。

4. そして何よりも平和構築の分野での現地の様々なニーズに対応できるシステムもしくはノウハウを構築すること。

などがあげられるのではないだろうか。

始まったばかりのスリランカ・プロジェクト。この非暴力を理念に掲げたNGOのもとに集まった世界中からの人々の中に、スリランカの和平への希望を感じたコア・トレーニングだった。

*IDP(国内避難民、Internally Displaced Persons)...LTTEと政府間の長期に亘る内戦のため多くのタミル人がスリランカ北東部に強制移動させられ、多くの国内避難民が発生した。

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PBI インドネシア レポート

みなさまこんにちは。私をはじめ、PBIのボランティア全員が元気に、そして意欲的にアチェで活動しています。気候ですが、1週間前までかなり強い風が吹いたり、豪雨が1日に何度も続くという日々が続きましたが(地元の人によると、これはAngin Barat=西の風、と呼ばれているようです)、現在ではまた暑い毎日に戻っています。

今回もまず、国際NGOと国連機関の滞在許可について触れたいと思います。5月10日にまた新しい発表が出、再度30日間の滞在許可が出ました。インドネシア政府はアチェと二アス島の復興のためににBRR (Badan Rehabilitasi dan Rekonstruksi / 復興と再建のための専門機関)という専門機関を設立しました。現在は同機関が国際NGOと国連機関の滞在について責任を負っているようで、また新しい書類の提出が義務付けられました。今回の30日の期限もまた延長される可能性があると思いますが、予定では書類の提出後に面接があり、アチェに滞在できるNGOが選別されるようです。

PBIのクライアントのひとつに、現在、大アチェ(Aceh Besar)にあるロン (Lhong)という町で避難民への支援活動をしているNGOがあるのですが、5月10日、彼らについてそこの避難民キャンプの様子を見てきました。ロンはバンダアチェから車で1時間30分ほど南へ行ったところにあります。そこでは家々はテントではなく木でできた簡素なもので、小さな家に何人もの人が所狭しと生活していました。キャンプでの主な問題は、いつもきれいな水が不足していること、トイレと風呂場の設備がよくなく、プライバシーが保護されていないため特に女性が困っていること、そして栄養不足といったことです。常時滞在している医師や看護婦はこのキャンプにはいませんでしたが、最低限の薬はあるようでした。こんな環境の中でも、ここのキャンプに住んでいる子供たちは笑顔を忘れることなく、外国人を見かけるとうれしそうに「Hello!(ハロー!)」と声をかけてくれました。大人たちも話し掛けると嫌そうな顔をせずに話してくれました。津波以降、この町で武装集団によって物が奪われるといった事件は起きていないということでした。

また、この地元NGOのボランティアの中には、津波で母親と2人の兄を亡くした人がいるのですが、津波被害者である彼女自身ががんばって支援活動をしている姿に心をうたれ、私ももっと役に立ちたいと思いました。

そして、5月10日から12日までの3日間は、北アチェ(Aceh Utara)にあるルクサマウェ(Lhokseumawe) という都市へ行ってきました。バンダアチェからルクサマウェまでの移動ですが、車で約6時間ほどで行けます。津波以降も銃撃を伴う事件が少なからず起きていると報じてられており、道の途中で何回か検問があると思い込んでいたのですが、行きも帰りもひとつもありませんでした。話によると、道路の検問はアトランダムに行われているようです。道中、問題は何もありませんでした。
ニューズレターNo. 8
アクセル(左上・ノルウェーからのボランティア)と
私(左下)とルクサマウェのクライアントの人々

今回のこの訪問の主な目的は、ルクサマウェにあるPBIのクライアントを訪問することです。3日間に渡り、5つの地元NGOと出会いました。北アチェも津波と地震の被害を受け、避難民キャンプも建てられていますが、西アチェとバンダアチェに比べてここの被害は小さいということで、地元NGOへの支援は十分ではないようです。私たちのクライアントのひとつは、オフィス、電話、ファックス、パソコンといった最低限必要なものがなく、十分な仕事ができない状況にあります。支援したい気持ちは山々なのですが、PBIは資金的な支援をするNGOではないので、クライアントのスタッフに支援を相談されたとき、少しつらい気持ちがありました。しかし、それ以外は津波以降も人権侵害の調査や避難民の支援など、どのNGOもがんばって仕事をしているようでした。

ここで皆さんにお願いがあるのですが、できればこの資金不足に陥っているNGOやその他、資金不足に悩んでいる平和と人権の向上に向けて活動しているNGOへカンパをしていただけないでしょうか。PBIからではなく、私を支援してくださっている日本の方々からの支援だということになると、PBIも資金の支援ができるようです。また、PBI自身も資金難に陥っています。日ごろのご支援にも感謝の気持ちでいっぱいですが、できれば資金面でもご協力していただければ幸いです。

カンパ先は下記のとおりです。どうもありがとうございます!!

カンパの送り先

郵便振替口座:00160-5-463412 口座名:PBIサポートグループ

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第9回 非暴力連続講座 【4月2日(土) SCATセミナールーム】
「ガンジーの非暴力:生活の現場からの社会改革」

ニューズレターNo. 8 非暴力・不服従運動で知られるガンジー。ストライキや英国製品のボイコット、「塩の行進」などイギリスの植民地支配へ抵抗を続ける一方、貧困の撲滅、生活改善にも取り組んで、糸紡ぎに代表される「手仕事」を通じた農村の再建へ乗り出します。

『ガンジー 自立の思想 自分の手で紡ぐ未来』(地湧社)の翻訳者・片山佳代子さんを講師に迎え、23人の参加者は、ガンジーの実践の話に耳を傾けました。

●ガンジーはなぜ「衣類」を独立運動の中心に据えたのでしょうか?

かつては自国の需要をすべてまかなった上で、さらに外国への輸出が可能だったインドの綿織物産業。しかしその産業は、イギリス植民地時代になると破壊され、インドは原料の綿花を輸出し、高価な綿製品を英国から買うことになりました。ここにインドの貧困の原因があると見抜いたガンジーは、インド人一人ひとりの経済的自立こそが急務であるとして、自分の衣類を原料から糸を紡いでつくる「建設的仕事」に力を注いだのです。

●片山さんが、この「建設的仕事」=糸紡ぎを通じた農村の再建に関連して、いくつかのキーワードを用意してくださいました。

1. 貧困は最悪の暴力。「なくさなければならないのは、貧困ではなく、贅沢である」絶対的貧困はなくし、自発的貧困へ。
2. 労働と人の幸福・・・「不幸な労働」(分業、他者のための賃金労働、他者を苦しめる行為につながる労働、有害な物の生産、など)から「幸福な労働」(協働、自分のための労働、物々交換のための労働、必需品だけを生産、人手を使うので機械は不要)へ。
3. 糸を紡ぎ、土を耕す人・・・自立のためには、糸紡ぎによる衣類の自給だけでなく、食糧の自給も必要。自分たちが本当に強い立場に立つためにも、自給的農業をしながらの「半農半職人」「半農半X」という生き方を提示。
4. 欲望を愛で置きかえる・・・手仕事は、人が愛の人になるのを助ける。手仕事を通じて、自らの内なる声に耳を傾け、敵対している人、あるいは弱者の気持ちを知り、平等で非暴力的な生き方を目指す。

●参加者からの質問・意見

*貧しい人を搾取する側面を持つ企業に、実際勤めている場合はどうしたらいいのか。
*欲望=利己主義を「悪」として排するのではなく、欲望を認めた上で利他主義を説いた方が説得力も増すのではないか…などなど、活発な意見交換がなされました。


日本でごく当たり前の生活を送ること、それ自体の「加害者性」に気がつきながらも、「今の生活をすぐに変えることはできない」と問題を流してしまいがち。しかし大切なことは、生活に本当に必要なものはなんなのかを自らに問い直し、少しずつでも変えていくために仲間と語り合い、ガンジーの知恵と実践から学ぶことではないかと思います。

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各界賛同人の方々について

NPJの活動に対する賛同支援を、各界の方々にお願いしております。2004年7月31日のNPJ拡大運営委員会(立命館大学衣笠キャンパス)では、「ある程度まとまった段階で賛同人の名前をパンフレット等に掲載する」と申し合わせています。現在なお依頼途中の方が8人残っています。他方、既に賛同人となっていただいている方もおられ、ご承諾いただいてからかなりの日を経ています。

このまま、残っている方々へのご依頼の結果を待っているのは失礼に当たりますので、今後「賛同人」としてお名前を記載させて頂く事にいたします。

現在までにご賛同いただいているのは以下の方々です。

NPJ賛同人(敬称略・アイウエオ順)
  大石 芳野(写真家)
  落合 恵子(作家)
  神田 香織(講談師)
  信楽 峻麿(元竜谷大学学長)
  広河 隆一(写真家)

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今後の非暴力連続講座・その他の予定

第10回 非暴力連続講座 ≪特別篇≫
「基地の街ヨコスカでの反戦平和運動の経験から」 平和船団乗船&ヨコスカ月例デモ参加

ニューズレターNo. 8
基地の街横須賀で土日をかけて合宿形式で行う特別編です。初日の夜は三浦海岸の民宿を会場に、長年横須賀で反戦・反基地運動に携わってきた「非核市民宣言運動・ヨコスカ」の新倉裕史さんから運動の歴史と経験を学びながら交流します。翌日の午前中は平和船団のボートに乗って横須賀基地を海から見学し、午後4時からは横須賀で毎月行われている月例のデモに参加してヨコスカの街を歩きます。

一部参加もO.K.です。

日時:5月28日(土)〜29日(日)
参加費:宿泊・飲食費約1万円(交通費等別途)
* 詳細は非暴力平和隊・日本(NPJ)事務局までお問い合わせください。

第11回 非暴力連続講座 「世界の平和NGOはいま-GPPACって何?」

2001年にアナン国連事務総長が安保理に提出した報告書の呼びかけに応えて、いま世界の平和NGOは「武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ」(英文の頭文字をとって、GPPACジーパックと呼ばれます)というプロジェクトに取り組んでいます。これは、世界全体を15の地域に分け、それぞれの地域ごとに紛争予防にかかわるNGOが集まり、紛争予防におけるNGOの役割、政府・国連との連携の可能性について議論を深め、地域のアクション・アジェンダ(行動提言)を作成し、それら15のアクション・アジェンダをとりまとめるグローバル・アクション・アジェンダを作成して、今年7月にニューヨークの国連本部で世界会議を開き、国際社会に訴えるというものです。世界の主要な平和NGOはほぼ網羅的にGPPACにかかわっているといえます。非暴力平和隊も世界中でGPPACに参加しています。

東北アジア地域でも、GPPACは有意義なものとなりました。今年2月上旬に東京の国連大学で東北アジア地域会議が開かれ、この地域のアクション・アジェンダ(「東京アジェンダ」)が採択されました。地域会議とアジェンダが確認したことは、東北アジアの武力紛争予防にとって日本国憲法9条を維持することが決定的に重要だということでした。いまグローバル・アクション・アジェンダがまとめられているところです。グローバル・アクション・アジェンダの草案においても、日本国憲法9条の意義が述べられています。

GPPAC東北アジア運営グループのメンバーである君島東彦さんが、日本国憲法との関係に触れつつ、GPPACの意義について語ります。

*GPPAC東北アジアのウェブサイト:http://www.peaceboat.org/info/gppac/

講師:君島東彦(立命館大学教員、非暴力平和隊・日本 共同代表)
日時:6月5日(日)18:30-21:00 参加費:500円
会場:文京シビックセンター地下2階 消費生活センター研修室A(Tel: 03-5803-1105)
    東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園駅」徒歩1分
    都営地下鉄三田線・大江戸線「春日駅」 徒歩1分

第12回 非暴力連続講座 「非暴力介入の実践」

講師:清末愛砂・大畑豊
日時:7月10日(日) 18:15〜20:30 参加費:500円
   !重要!開催日の変更!
   当初は7/2開催とお知らせしましたが、7/10開催に変更になりました。何卒ご了承ください。
場所:文京シビックセンター・4階和室1(Tel: 03-3812-7111)
    東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園駅」徒歩1分
    都営地下鉄三田線・大江戸線「春日駅」 徒歩1分

京都でNPJ関西会員集会を開催

6月12日(日)に京都で非暴力平和隊・日本の関西会員集会を開きますので、関西在住の会員のみなさんはぜひご出席ください。この関西会員集会は3月13日に東京で開催された会員総会を補う役割を持っています。

関西会員集会では、フィールド・チーム・メンバー候補者として、スリランカでのコア・トレーニングを終えて一時帰国中の外山聖子さんにコア・トレーニングの報告をしていただきます。また非暴力平和隊が最近作成したプロモーション・ビデオも上映します。当日の時間・会場とは下記のとおりです。

9:30-11:00 立命館大学 国際平和ミュージアム見学会
12:30-15:00 理事会(会場:キャンパスプラザ京都)
15:15-17:00 関西会員集会(会場:キャンパスプラザ京都)

 外山聖子さん「スリランカ・コアトレーニング報告」
 非暴力平和隊プロモーション・ビデオ上映

●立命館大学 国際平和ミュージアム(Tel: 075-465-8151)
交通:京都駅(JR線・近鉄線)より市バス50・その他にて「立命館大学前」下車、徒歩5分。バスは早くて30分、渋滞すればもっとかかります。

●立命館大学国際平和ミュージアムは、4月中旬に全面的にリニューアル・オープンしました。これまでの展示から大幅に発展しています。「平和創造展示室」の中に非暴力的介入のNGOとして国際平和旅団と非暴力平和隊のパネルもあります。
※平和ミュージアムのウェブサイトは以下です。
 http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/index.html

●理事会と関西会員集会の会場:キャンパスプラザ京都(Tel: 075-353-9111)--JR京都駅近く。
※キャンパスプラザ京都のウェブサイトは以下です。
  http://www.consortium.or.jp/campusplaza/access.html

●関西会員集会終了後、懇親会を予定しています。

市民講演会 「軍事力に代わる道を〜非暴力平和隊の目指すものとその現状〜」

日時:6月18日(土)午後1時半から
会場:真宗大谷派仙台教務所
(仙台市宮城野区小田原1-2-16 Tel: 022-297-2824)
参加費:300円(資料代)
講師:相良晴美(僧侶)/ 千田佳三(元会社員)/ 中里見博(福島大学教員、NPJ理事)/ 鞍田東(元会社員、NPJ監事)
問合せ:022-297-2824(真宗大谷派東北別院)
022-244-2831(千田佳三)

NPJの冊子『平和・人権・NGO すべての人が安心して生きるために』

君島共同代表が『平和・人権・NGO すべての人が安心して生きるために』(新評論)に、「平和をつくる主体としてのNGO」という章(約30ページ)を書いており、この中で非暴力平和隊のことを詳しく紹介しています。出版社のご厚意により、この1章の抜き刷りを作成し、配布させていただけることになりました。是非、非暴力平和隊の紹介にご活用ください。A5版・表紙カラー・一部300円(送料別)ご注文は事務局まで。

会員募集

■非暴力平和隊の理念と活動に賛同・支援してくださる個人および団体を会員として募集しています。入会のお申し込みは、郵便振替、銀行振込、非暴力平和隊・日本ウェブサイトの「入会申し込みフォーム」をご利用下さいますようお願いいたします。

●正会員(議決権あり)
・一般個人:1万円
・学生個人:3千円
*団体は正会員にはなれません。
●賛助会員(議決権なし)
・賛助個人:5千円(1口)
・賛助学生:2千円(1口)
・賛助団体:1万円(1口)

■郵便振替:00110-0-462182 加入者名:NPJ
*通信欄に会員の種類を(賛助会員の場合は口数も)ご明記ください。 例:賛助個人1口

■銀行振込:三井住友銀行 白山支店 普通 6622651 口座名義:NPJ代表 大畑豊
*銀行振込をご利用の場合は、お手数ですが電話・ファックス・メールのいずれかを通じて入会希望の旨、NPJ事務局までご連絡くださいますようお願いいたします。

ウェブサイトからのお申し込み

お申し込み・お問い合わせ

■非暴力平和隊・日本に関する資料のご請求や各種お申し込み・お問い合わせは 本誌表紙に記載されているNPJ事務局までお願いいたします。

非暴力平和隊(NP, Nonviolent Peaceforce)とは...

ニューズレターNo. 8
地域紛争の非暴力的解決を実践するために活動している国際NGOで、非暴力平和隊・日本(NPJ)はその日本グループです。

これまで世界中の平和活動家たちが小規模な非暴力的介入について経験を積み、功を収めて来ました。NPはこれを大規模に発展させるために2002年に創設されました。

非暴力・非武装による紛争解決が「夢想主義」でも「理想主義」でもなく、いちばん「現実的」であることを実践で示していきます。

NPは、地元の非暴力運動体・平和組織と協力し、紛争地に国際的なチームを派遣、護衛的同行や 国際的プレゼンス等によって、地元活動家等に対する脅迫、妨害等を軽減させ、地域紛争が非暴力的に地元の人によって解決できるよう、環境づくりをすることを目的としています。

NPは2003年11月からスリランカに、日本人1人を含む13人のメンバーを派遣し活動しています。

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