非暴力平和隊・日本

非暴力平和隊・日本ニューズレター10号(2005年9月29日)

【目次】
巻頭言:日常の暴力を見つめなおそう 清末愛砂
スリランカ通信 大島みどり
スリランカ視察旅行記 大橋祐治
PBIインドネシアレポート 藤村陽子
GPPAC報告 鈴木敦士
理事会報告 小林善樹
今後の予定
事務局だより、ほか NPJ事務局

巻頭言 日常の暴力を見つめなおそう

今年の8月初旬に、ヨルダンのフェミニスト団体であるヨルダン女性連合を訪問する機会があった。アンマン本部で同連合の活動内容を聞いているときに、ドメスティック・バイオレンスの被害にあった女性たちに対する保護政策の話になった。ヨルダンでは、女性たちがドメスティック・バイオレンスから逃れるために警察に助けを求めた場合、警察は彼女たちを刑務所に入れることで「保護」するのだという。なぜ加害者の男性を警察は逮捕しないのか、というごく当たり前の疑問と刑務所に入れることが「保護」にあたるという発想が一体どこからから生まれてくるのかという疑問--それは私にとって大きな衝撃以外なにものでもなかったのだが--が沸いてきた。もちろん、これでは保護にあたらないということで、同連合はシェルターやホットラインを開設するなどの支援活動を行っている。

国連レベルの国際会議で、女性に対する暴力が日常に存在していることが確認されたのは、1985年にナイロビで開催された世界女性会議の場においてである。そして、1990年代は女性に対する暴力が国連やNGOの会議の場で活発に議論された10年となった。しかし、私の生活圏である日本社会において、ドメスティック・バイオレンス法が制定されたのは、1995年の北京女性会議から6年も経った2001年のことだった(2004年に改正)。ヨルダンのドメスティック・バイオレンスに対する政策は、非常に厳しいものがあるが、法律が制定されていたとしても、相変わらずドメスティック・バイオレンスが起き続けている日本の状況を考えてみると、自分の足元の状況を棚上げして、他の国の状況だけを取り出して簡単に批判するわけにはいかない。

「平和」について考えるとき、戦争の問題を避けて語ることはできない。アフガニスタンやイラクやパレスチナの人々に、とんでもない生活破壊をもたらしている「反テロ」戦争は一向にとまる気配がない。今回の選挙でまさしく文字通りの大勝利を示した小泉政権は、今後も戦争への加担政策を推し進めるだろう。イラクやパレスチナの人々が日本に対して厳しい目で見ているにもかかわらず、あたかも見られていないかのごとく、というよりは見られていることすら想像もせず、戦争を推し進める政権を選んだ私たちは、大きな暴力の行使者であり、人々の日常生活の破壊者であることは間違いない。

それでは、戦争への加担政策を止めることができれば、「平和」が来るのだろうか。

もちろん、物事はそれほど単純ではない。私たちは戦争を.通して他者の生活を破壊すると同時に、自分の足元においても暴力の行使者である可能性がとても高い。自分では「平和」を求める活動家だと思っているかもしれないけれど、例えば、反戦・平和デモに参加して家に帰った後に、家庭内で実にえらぶった態度をとったり、パートナーをぼこぼこ殴る男性の平和活動家たちがたくさんいる。平和について考えるときに、日常生活における自らの暴力行為を安易に忘れてしまうことがある。しかし大切なことは、例えば戦争に加担することで暴力を行使するという行為と日々の日常生活で行使している暴力や搾取に繋がるような行為を同時に考えることができるかどうかという点にあるように思う。足元の日常生活をいま一度、見つめなおすことから、平和について再考していきたい。

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スリランカ通信
スリランカ・プロジェクトの新しい展開と大統領選挙を控えて

ニューズレターNo. 102年間の非暴力平和隊・スリランカ・プロジェクト(NPSL)における、わたしのフィールド・チーム・メンバー(FTM)としての活動で、今回が非暴力平和隊・日本ニューズ・レターへの最後の投稿になります。わたしは10月第一週を最後に、NPSLを去る予定です。が、その後もしばらく(未定ですが)スリランカに滞在する予定なので、その間に、この2年間をじぶんなりに整理してみたいと思っています。おそらく次回のニューズ・レターで、それなりの総括をご報告させていただき、今回は、現在のNPSLにおけるトランジション(新しい展開)を中心に、少しだけSLの社会・政治情勢のアップデートを加えて、書かせていただきます。

NPSLマネジメント(コロンボ)における新規人事

NPSLの活動を立ち上げから仕切ってきたプロジェクト・ディレクターのWilliam Knox(アイルランド/SLで10年以上にわたり生活・仕事に従事)が、8月末前に離職し、現在新しいプロジェクト・ディレクターを選考しているところです。NPの国際事務局・理事から人選にあたるメンバーがSLを訪れ、最終面接も終了し、いまはほぼ結果待ち状態です。NPの国際メンバー団体であるNPJへは、メーリング・リストを通して結果が報告されるでしょう。文化・習慣・考え方・職歴・経歴その他すべてが違う、「非暴力」という概念(それさえ、ひとりひとり捉えかたは違う)だけで集ってきた各国からの20数名をまとめていくには、それ相当のマネジメント能力が必要とされます。スリランカという社会・政治・歴史・そこに生きる人々を知り、平和活動の実績があり、またNPの理念・理想・活動を十分理解し、さらにこの(平和のための?)荒くれ集団(?)をまとめていく意気込みと能力を持ち合わせ、そしてそのすべてを絶妙なバランス感覚で率いて行ってくれるディレクターの登場を心待ちにするところです。

その他のマネジメント・レベルの人事では、これまでチーム・マネジャーだったJan Passion(米国/NPの立ち上げ時期から関与)が、プロジェクト・ディレクター代理(deputy)になったことで、新たにチーム・マネジャーのポストと、5月以降空席となっていたプログラム・マネジャーのポストが、現在やはり選考中になっています。プログラム・マネジャーのポストには、現FTMと現在トレーニング中で10月にフィールドへ配置されるFTMの中からひとりずつが、最終候補者の中にあがっています。チーム・マネジャー、プログラム・マネジャーの両ポストともに、近々最終決定がされることと思います。これもまた、NPJへ別途報告が届くはずです。ちなみに、いまコロンボ・オフィスにはこのほかに、Jan(プロジェクト・ディレクター代理)と、Ayomi(SL/アシスタント・チーム・マネジャー)、Priyaneel(SL/会計)、そしてプリヤニールの助手にあたる女性(SL)、掃除等をしてくれる男性(SL)がいます。手狭になったオフィスは、8月に引越しをしました。

10月以降のフィールド人事

今回の原稿に間に合うかどうか気になっていたFTMの配置が、今朝発表になりました。かねてより懸案となっていたトリンコマリー・タウンのオフィスは、タミル人・シンハラ人・ムスリム(回教徒)のコミュニティに囲まれ、何か事件が起こると、必ず問題の中心地のひとつとなる(危険な)場所に借家を見つけ、現在室内等の整備・ペンキ塗り替え作業中です。わたしは離職までの約1ヶ月弱を、明日からこのオフィスのメンバーとして過ごすことになります。トリンコマリー県にあるムトゥールとこの新しいトリンコマリー・タウンの両オフィスは、活動が相互に深く連携・関係しているため、1チーム2オフィスとしての機能を保ちながら、今後も活動して行きます。

現在検討中の、ヴァルチェナイ(バティカロア県北部)に続く、バティカロア県南部のオフィスについては、オフィスを置くロケーション、活動を始めるタイミング、その他いくつかの配慮すべき事項があるため、実現時期がまだ不確定です。ただし、新しいオフィスの設置を前提として、以下の配置がされています。

ジャフナについては、閉鎖されたマータラ同様、今後の活動の展開如何によって、方針を決めることになっていましたが、いまのところ閉鎖の予定はありません。ただし、新規メンバーの導入は控えています。

以下10月以降の配置です。発音をカタカナ書きにするのがむずかしいので、アルファベット表記にさせていただきます。カッコ内は性別・国籍・年齢とNPSL参加時期です。下線は、チーム・コーディネータです。

●ジャフナ
Susan(女/フィリピン/45/2003年9月-以下「第1陣」)
Kathy(女/ナイジェリア/29/2004年8月)

●トリンコマリー・タウン
Charles(男/ケニア/33/第1陣)
Kati(女/ドイツ/51/2005年7月-以下「第2陣」)
Bella(女/米国/26/第2陣)
Sjors(男/オランダ/45/第2陣)

●ムトゥール
Atif(男/パキスタン/32/2004年3月)
Peters(男/ケニア/37/2005年3月)
Mariz(女/フィリピン/32/第2陣)
Miranda(女/米国/25/第2陣)
Fabijan(男/セルビア/54/第2陣)

●バティカロア(ヴァルチェナイと県南部をあわせたもの)
Rita(女/米国/57/第1陣)
Frank(男/ガーナ/57/第1陣)
Karen G. (女/英国/33/2005年3月)
Kwan-Sen(男/台湾・エジプト/29/第2陣)
Ashfaqul(男/バングラデシュ/40/第2陣)
Daniel(男/英国/26/第2陣)
Sunzu(男/ブルンジ/47/第2陣)
King(男/ガーナ/51/第2陣)
John(男/米国/41/第2陣)
Pramila(女/カナダ/59/第2陣)

上記に名前のないメンバーには、10月中に離職するKaren A(女/ドイツ/40/第1陣、終了までヴァルチェナイ)とわたし(これまでムトゥール、明日からトリンコマリー・タウン)、そしてプログラム・マネジャー候補のAngela(女/カナダ/31/第1陣)とEldred(男/南アフリカ/45/第2陣)がいます。AngelaがFTMに留まる場合は、バティカロアのどちらかのオフィスでチーム・コーディネータとなります。EldredがFTMに留まる場合の配置は、未定です。それから、トリンコマリー・タウンでチーム・コーディネータとなるCharlesは11月初めから11週間の休暇に入るので、その間は、ムトゥールからPetersがトリンコマリー・タウンに配置されます。以上2005年9月時点でFTMは25名、10月末には23名となる予定です。(ただし、これもAngelaとEldredがどのポストに配置されるかで、FTMとしての数は変わります。)

SL大統領選

ご存知の方も多いかと思いますが、最高裁判所の命により、11月後半までにスリランカの大統領選挙が行われることになりました。昨年4月の総選挙から1年半ほどしか経っていませんが、その間に津波被害を含めて、スリランカの政治・社会情勢は多分に変化しています。残念なことですが、総選挙時に比べると、政治・社会情勢は不安定になり、さらに悪化しているという懸念もあります。東部・北部のあちこちで小さな事件が連続し、それが別の場所に飛び火するケースが多く見られ、また8月の外相暗殺を初めとして、いくつかの大きな事件も起こっています。こうした中で、政治の世界では(世界各国)どこでもありがちな、政党同士のパワー・ゲームが行われ、権力を手に入れるための駆け引きが続いています。誰がトップになるか、どの政党とどの政党が手を組むかによっては、現在の硬直した和平協議が破棄され、再度内戦状況に陥るのではないかという大きな不安が、東部・北部の人々を襲っていることは、見逃せません。和平仲介役のノルウェーが提案している現政府(チャンドリカ・クマラトゥンガ大統領)とLTTEの話し合いの再開さえも、会議場所を決める段階でもめ、中断されたままです。残念ながら、スリランカの明るい将来を見通す可能性となる材料を見つけることは、とてもむずかしい状況です。

この原稿を書いているきょう(9月10日)ちょうど、コロンボでNPと昨年の総選挙時に、外国人選挙監視団を招き、国内監視員とともに、選挙監視に当たった団体PAFFREL(People's Alliance for Free and Fair Election)がミーティングを持ち、選挙前と選挙時の監視活動の協力について、話し合いを行っているところです。選挙前監視活動も、おそらくは10月中旬意向のことになるので、わたしが直接関わることはないかと思われますが、昨年の総選挙時と、それ以降もさまざまな状況で経験を積んだNPが、今回の大統領選を契機にさらに頻発する可能性のある暴力事件を少しでも防ぎ、一般市民の安全を守る活動に全力を挙げることを祈っています。そしてまた、わたし自身も何かできることがあれば、ぜひ協力させていただきたいと思っています。外国人選挙監視団が組織されたあかつきには、日本からもぜひひとりでも多くの方が参加されることを、心から希望しています。

最後になりましたが、次回のニューズ・レターで2年間の活動を振り返らせていただく前に、この2年あらゆる方面からご支援・ご指導してくださいましたNPJ会員をはじめ、みなさまに、心からの感謝をお伝えさせていただきます。みなさまのご支援なしには、わたしは2年の活動を終了できなかったことでしょう。今後とも、NPSLそしてNPの活動へのご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。培った経験をもとに、わたしはこれからもじぶんができる平和活動を続けていきたいと思います。みなさまとどこかでお会いし、ご一緒に活動できる日を心から楽しみにしています。ありがとうございました。

(任期終了前の最後の移動--ムトゥールからトリンコマリー・タウンへ--のための荷物の山に埋もれ、活動内容についてまでご報告する時間がないことを、どうぞご了承ください。)

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スリランカ視察旅行記(上)

TECH・JAPANという主としてスリランカ北部地域を支援するNGOのツアーに便乗して8月29日成田出発、9月5日成田着でスリランカの東北部(ジャフナ、キリノッチ、ムラテイブ)を旅してきた。

NPJとしての視察旅行を計画、或は国際事務局主催の視察旅行(10月下旬)への参加の可能性などを試みてきたが、丁度NPがスリランカで第2次のFTMs(フィールド・チーム・メンバー)の訓練と配置の時期にあたり、現地に余計な負担を掛けるべきでない等の理由で当面スリランカ行きは諦めかけていた頃、TECH・JAPAN主催のツアーを知りすぐに参加を申し込んだ。このツアーではスリランカのNPの活動地域を訪問することは出来なかったが、帰国の前日と当日、コロンボでトリンコマリーの大島みどりさんとコロンボにいるジャン・パッション(スリランカ・プロジェクト責任者補佐)と会う機会に恵まれた。

「百聞は一見に如かず」を痛感した貴重な体験であったが、以下は今回初めて訪問したスリランカ見聞録の一端である。

1. TECH・JAPANの活動 -NGOのあり方の一例-

TECHはThe Economic Consultancy Houseの頭文字をとった略称であるが、パンフレットによると「人々の経済的自立を促す専門家集団を意味する」とある。本部はLTTEの支配地域であり、LTTEの本部があるキリノッチにあり、内戦と津波被害で疲弊した北東部地域の人々の生活向上のための様々な自立支援を海外にいる北東部出身者(タミール人)の資金的、技術的援助を得て推進しようとするものである。分かりやすく言えば、内戦を逃れ海外に生活の居を構えているタミール人達デイアスポーラ(彼らは国籍で言えば英国人であり、ドイツ人である)が支援組織を作り祖国にいる同胞を支援する姿であり、英国、ドイツ、オーストラリア、フランス、カナダなどにそれぞれTECH組織を持っている。

イスラエル、パレスチナ、或は北アイルランドのカトリック系アイルランド人が諸外国の同胞から援助を受けているのと同様である。スリランカの北東部のタミール人社会がスリランカのマジョリティである南部のシンハリ人に対し自分達のアイデンティを主張して粘り強く抵抗できる理由の一つがここにあるのではないかと思う。

キリノッチ滞在最後の日、TECH本部で英国TECHと日本TECHのメンバーが合同で会議を持った。合同のプロジェクトは津波被害で全滅した漁村ムラテイブに託児所を建設するものであるが、建物の建設資金は英国から、運営費用と運営の指導は日本が行うというものである。

会議当日の朝、同宿のホテルで挨拶を交わしたタミール人が英国TECHの責任者であることが分かったのだが、その人は英国籍を持ち、公認会計士として政府機関に勤め、退職後ボランテアとして英国TECHで奉仕していること、英国には10万人を超すタミール移民がいること、60%が技術系等で所得が高いこと、スリランカ政府のチェックが厳しいので、空路Jafna経由ではなく、ほぼ一日がかりでコロンボから陸路でキリノッチまで来たことなどを話してくれた。

TECH・JAPANはインタープレスサービス東京特派員スヴェンドリニ・角地さん(通称ドリーン。在日スリランカ人で上智大学卒業、角地さんと結婚)が代表者で今年6月設立されたばかり、会員もドリーンさんの友人中心にまだ十数名でほとんど日本人であるので他国のTECHとは会員構成が異なるが、「北部地域の自立のための技術支援」の目的では同じである。現在二つのプロジェクトを進めている。いずれも津波で壊滅した東海岸のムラテイブでのプロジェクトであるが、一つは津波被害後に新設された多目的の職業訓練センターで裁縫製品を日本で販売できるレベルにするための裁縫の技術支援、もう一つは子供を持つ女性が働けるための託児所の建設と運営支援である。裁縫技術支援の担当は三鷹市で「るま・ばぐーす」という名のフェアトレードSHOP(自立支援の目的で途上国の製品を輸入販売する店・・全国で500店舗ぐらいあるという)を運営している主婦のお二人で、既に2月に現地を訪問し試作品を決めており、今回はそのフォローアップとして試作品をチェックし改善点を指導するためにスリランカに来た。
ニューズレターNo. 10
ムラテイブの職業訓練センターで裁縫試 作品の手直しを指導

託児所の設営は英国とのジョイントであるが、日本側の担当はマータラ(大島みどりさんの最初の赴任地)で津波に遭遇し夫を亡くされた方とその友人である。夫は英国人で日本駐在のジャーナリストであり、外人記者クラブなどでドリーンさんとは知己であったとのこと。休暇をマータラの海岸で過ごしていた時、二人とも津波に巻き込まれ夫は救助されたが、夫は数日後に遺体で発見されるという大変なご不幸に見舞われたが、その後のトラウマを克服されて、スリランカで役に立つことをしたいと託児所の構想を進めてこられた。現在、夫の名を付した基金をTECH本部、英国、日本合同で設立することで合意し候補地の選定の段階にある。

いずれのプロジェクトも順調に進展しているようである。その背景には次の要素が相互に働いていると思う。まず、現地、即ち、TECH本部のコーディネーションが優れていること、次に現地のニーズに合致していること、そして進め方も現地に合わせていること、決して欲張ったことはしないこと、更にはそれまでの段階でよくコミュニケーションが取れていること、最後に、そして一番重要なことは相互の信頼関係が強いこと、このようなことを感じさせられた。

つくづく感じたことは、日本人の感覚で計画とか予定とか効率とかを考えてはいけないと言うことである。これは自分が旅の最後にやっと気付いた結論である。

もう一つ、TECH・JAPANは津波被害直後に募金活動を始め、2月には200万円をTECH本部を通じ罹災者たち(病院等を含む)に寄付をしている。今回も、裁縫グループ、託児所グループがそれぞれ集められた募金を寄付している。

何十億ドルという政府間、或は大きな機関を通して集められたお金が未だに罹災地域に回っていない現状で、小額でも直接罹災地域に行き届くようなルートを持つことが大切であると感じた。(次号へ続く)

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PBIインドネシア レポート 7

ニューズレターNo. 10みなさま、ご無沙汰しております。お元気でしょうか。9月上旬に書こうと思っていたレポートですが、PBIの仕事と日本での休暇のため、再度遅れてしまったことをお詫びいたします。

アチェはどうやら雨季に入ったようで、毎日のように雨が降り始めました。雨が降ると気温も下がるので、今までの暑さになれていたので水風呂がやけに抵抗があります。もちろんお湯の出るシャワーなどありませんが、やはり少し気候が下がると普段は気持ちいい水風呂も気が進まなくなってしまいます。ヨーロッパから来た他のPBIメンバーは雨季のほうがいいといっていますが、私にとっては乾季の暑いインドネシアのほうが好きです。

さて、PBIの活動ですが、8月半ばから9月上旬まで大きな仕事が2つ重なったので、かなり忙しくしていました。その間に、ボランティアの1人が、PBIをやめて自国に帰るということもあったので、人員不足に悩まされたり引継ぎをしたりとあわただしく時間が過ぎていきました。このボランティアは、自国で有給の安定した仕事が見つかるとのことで、PBIとの1年間の契約を満了せずに脱退してしまいました。残念でしたが、私たちが引き止めることもできないので笑って見送りましたが、少し軽い気持ちでPBIの活動に参加してきたのかなと少し彼女に落胆してしまいました。しかし、その時期にちょうど任期満了のボランティアが少しだけですがPBIとの契約を更新してくれたので、人員不足問題は今のところ臨時的ですが乗り越えられました。

先ほど、大きな仕事が2つ重なったと書きましたが、ひとつはAmerican Friends Service Committee (AFSC) というアメリカのNGOと協力して、東アチェ県で非暴力に関するトレーニングを地元のNGOに3日間に渡り行ったことです。2名のPBIボランティアが、AFSCのスタッフと、地元のNGOスタッフと協力し、"Alternatives to Violence Project"という非暴力のトレーニングを成功させました。PBIアチェチームのボランティアで紛争処理を大学で専門に学んだ者が中心に行いました。

そしてもうひとつは、護衛的同行(Protective Accompaniment/PA)の依頼が来たことです。私はポルトガルのボランティアと2人でこちらのほうに関わりましたので、今回は、このことについて詳しくご報告したいと思います。

依頼は南アチェ県にあるPBIクライアントから、南アチェ県のタパックトゥアンという街からからバンダアチェまでの道中を護衛してほしいということでした。このPBIクライアントの弁護士が、先月15日の和平協定により釈放された人を護衛するにあたり、自分の身の安全に不安があるとのことで依頼があり、急な要請でしたが何とか準備をし、任務を遂行できました。私たちPBIボランティアは護衛的同行の当日より2日早く車でバンダアチェを出発し、1日半かけてタパックトゥアンへ向かいました。というのは、PBIの方針により夜は行動できないので、朝から日没まで車を飛ばして西アチェ県のムラボまで向かってそこで一泊し、翌朝早くにまた南アチェ県まで移動しなければならなかったのです。12月からの津波とまだ続く地震により、海岸沿いの道を行くことができなかったので、山間部を通って目的地までいきましたが、合計で15、6時間の道のりでした。道中、携帯電話のつながる場所、電話屋さんの場所、警察と軍の見張り所や検問の有無等、詳しくノートに書きながら進んだので途中で何度も気分を悪くしてしまいました。昔から車酔いをよくしたのですが、ここまで具合を悪くした旅はこれが最初です。

護衛的同行の当日ですが、週に2度しか飛んでいない飛行機に空きができたので帰りはセスナ機のような15人くらいの飛行機に乗ってバンダアチェへ戻りました。護衛していたのは朝の6時半から同日のお昼過ぎ、目的地までの約6、7時間ほどでしたが、何事もなく無事終えられました。しかし津波以降初めての依頼ということ、同じ時期にほかの2名がトレーニングのために東アチェ県にいっていたので、バンダアチェのオフィスには1人しかいなかったということ、そしてボランティア全員が初めての経験ということで、スムーズに行かないこともありましたがなんとか無事に終えられ、オフィスに帰ったときはほっとしたことを覚えています。

この時、PBIクライアントの弁護士は、無実の罪で自由アチェ運動(Gerakan Aceh Merdeka / GAM)に加わっていたとして2年余り投獄されていた環境活動家を護衛していたのですが、彼が長い間あっていなかった家族や友人と再会し、抱き合う姿に私も感動してしまいました。もうこのような悲劇が起こらないようにと願うばかりです。

平和協定が結ばれた日から現在に至るまで、降伏したGAMメンバーはたくさんいますし、釈放された元GAMメンバーの政治犯もたくさんいます。そして、Aceh Monitoring Mission (AMM)といわれるEUとASEAN諸国の国民で構成された機関も200名あまりの規模でアチェの各県に9月15日から半年の予定で滞在し、8月15日以降に起きた人権侵害の調査や釈放された元GAMメンバーの監視などを主に行っています。この新しい動きをきっかけにアチェに真の平和がもたらせるようにと、PBIメンバー全員で本当に願っています。

してこの任務を終えた後、9月9日から約2週間半の有給を日本で過ごしています。東京でのビザの取得などもあり、ばたばたしてきましたが、非暴力平和隊の皆様にも、東京と京都で、小規模ながらも活動報告をさせていただきましたし、何より家族や友人と再会できたので本当にうれしかったです。同年代の友人も、それぞれの方面で活動しているということは本当に励みになりますし、出産を控えた親友にも元気をもらいました。休養できた体と、皆さんに分けてもらった元気と力を持って、9月26日に再びインドネシアに向けて出発します。一時帰国の際にお会いできなかった方にはお詫びを申し上げますが、みなさんこれからもご支援のほどよろしくお願いします。

それでは、季節の変わり目に体調を崩されないようにお気をつけてご活躍ください。次回は再びアチェからレポートを送らせていただきます。

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いまこそ9条を世界へ GPPAC世界会議とこれから

最初に、馬奈木厳太郎(札幌学院大学)から、7月19日〜21日にニューヨーク国連本部で開催されたGPPAC(ジーパック=武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ)世界会議の報告があった。まず簡単に、紛争への対応に関し、反応することから予防することに重点をおくことの重要性、NGOも安全保障の主体となるといったGPPACの意義についてふれ、実際の会議の様子を撮影したビデオを放映して、開会式やワークショップ、サイドイベントの様子にふれた。今後の課題として、提言をどう現実にするのかが大事であり、地域間の交流や政府・国際機関との交流がまだ不十分であることが挙げられた。10月に国際運営委員会の会議が行われ今後の活動計画が議論されることが紹介された。

その後、君島東彦(非暴力平和隊・日本共同代表)、チョン・ギョンラン(平和を作る女性の会)、松井ケティ(日本ハーグ平和アピール平和教育地球キャンペーン)らのパネラーでパネルディスカッションが行われた。司会は吉岡達也(ピースボート共同代表)である。

GPPACの意義と成果について、君島からは、紛争予防は、GPPACで突然でたものではなく、ここ10年必要性が強調されていたものであること、紛争はなくならないし、多様性を確保しようとすれば当然起こることであるが、紛争予防は、紛争を暴力化させないということである。非暴力平和隊や日本国憲法9条について地域提言、世界提言で言及されたことは一つの成果であるということがふれられた(文末参照)。ただし、政府国際機関とのパートナーシップには課題が残るとの言及があった。

チョン・ギョンランからは、GPPACコリアとして作成したレポートの紹介があり、歴史問題、領土問題での日本と中国・韓国との緊張は地域内の紛争につながり、朝鮮半島の問題解決につながらないとの問題意識を述べた。地域会議に北朝鮮の参加が得られなかったことを残念に思うが、課題の普遍性が確認され、平和形成のための東北アジアのネットワークの土台として寄与した。6者協議について、共同声明が出されて、平和を作るための第一歩になったと考えている。東北アジアの市民社会の役割としてはアクションネットワークと政策ネットワークの両方が必要である。そして、新たな東北アジアの平和体制は政府と市民社会の共同によってできるとした。

市民社会が発展している韓国と日本の役割は重要である。国境を越えて市民社会の声を挙げるために韓国と日本は協力していかなければならない時期であるとの言及があった。

松井からは、世界会議では、「平和教育と紛争予防」のワーキンググループに参加したことにふれ、平和教育の意義について説明があった。平和学の内容を、一市民の問題として考える、自分にかかわりがあるものとして認識させるものが平和教育である。武力を伴う紛争解決は美しい地球と人類に打撃を与えるので、平和教育の究極的目標は地球の保持ということになる。そのためには、ネットワーキング、構造改革、行動様式の変化が必要である。平和教育の教育システムへの制度化を目指しているが、困難にぶつかっているという報告があった。世界提言について、自分がどうかかわれるか考えてほしいという呼びかけがあった。

その後、笹本潤(日本国際法律家協会)より、グローバル9条キャンペーンの報告があった。憲法9条が日本の問題だけでなくアジアの平和の基礎であり、非武装の理念を紛争予防の基礎理念にすることが地域提言や世界提言で取り上げられた。海外でどう見られているのかという視点が、日本国内では弱いので、このことを日本国内で広めるとともに、海外からの声を集めるべく海外に憲法9条を知らせるプロジェクトである。

各地のNGOが協力して、日本、韓国、台湾、香港、ロシア、モンゴル、フィリピン、コスタリカで掲載することができた。これらの広告を会場に貼りだし、かつパワーポイントで映写して紹介した。また、韓国、台湾での集会の様子も紹介された。今後も継続して取り組まれることが紹介された。

最後に、川崎哲から、国連サミットの報告があった。まず、事前に日本において国連改革に向けて、平和軍縮問題・開発・人権の3分野のNGOが共同で提言をし、外務省との共同フォーラムを行ったことが報告された。国連サミットの成果文書は、武力紛争予防が重要であるという文言は入ったが、NGOの関与についての規程はなくなり、かつ、軍縮に関しては全面削除という残念な結果になったことが報告された。しかし、今後も、GPPACの提言を国連の政策として実現すべきということを訴えていきたいとのことであった。

参加者の声:
▼NGOが何をやっているのかについて少しばかり知ることができてよかった▼各地域グループの勢力図がよく分かり興味深く思いました▼このような活動があること自体はじめて知りました。今の時代だからこそこのような会議が必要なんだと思います。

GPPACにかかわって

ところで、私は、GPPACジャパンの実行委員をしているので、世界会議の内容は事前に聞いているし、国内キャンペーンについても知っているので、改めての感想ということはないが、印象に残ったことをひとつ述べたい。

「紛争予防は紛争を暴力化させないということであって、紛争はなくならないし、多様性を確保する意味で必要だ」という趣旨の発言がパネラーからあった。至言だと思う。弁護士としてさまざまな「もめごと」に関与するが、これを暴力に訴えずに法により調整している。非暴力というと生き方の哲学、精神論のようになり、いろいろな考え方の人がいることが前提の社会全体の方針としては、そういうわけにはいかないだろうという「現実論」に抗しがたい。しかし、紛争を人(それも紛争をあおっている権力者ではなくて、それに雇われた貧しい若者)の殺し合いで解決するのはもうやめよう。それに変わる国際法なり国際機関を強化しようというのは、むしろ現実的なことではないか。そのためにできることを、すこしづつしていきたい。

『平和を築く人々:暴力紛争予防のための世界行動提言』から

○紛争に効果的に対処するための制度・戦略・パートナーシップ:
「非暴力平和隊(NP)」のあるチームは、少年兵として拉致された疑惑のある子どもたちの母親たちとその解放を求める地元の人権活動家に同行した。このチームは、母親たちと反乱グループ指導部との交渉が行われている期間国際的支援のプレゼンスを示した。2日目の日暮れに26名の子どもたちが解放され、帰宅するバス料金も提供された。

○人間安全保障の促進:紛争の根源に対処する:
世界には、規範的・法的誓約が地域の安定を促進し信頼を増進させるための重要な役割を果たしている地域がある。例えば日本国憲法第9条は、紛争解決の手段としての戦争を放棄すると共に、その目的で戦力の保持を放棄している。これは、アジア太平洋地域全体の集団的安全保障の土台となってきた。(下線は編集部)
【この提言書全文はピースボートのウェブサイトからダウンロードできます】

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理事会報告

9月11日(日)、NPJ事務所(東京)で理事会が行なわれました。出席理事は君島東彦、大畑豊、大橋祐治、安藤博、阿木幸男、青山正、小林善樹、川端国世、岡本三夫、青木護の10人でした。以下報告します。

1 財政状況その他の事務的報告

(1)7月末の決算 (報告 大畑)

配布資料 「非暴力平和隊日本 決算報告書 自2005年4月1日、至2005年7月31日」の通り。7月にカンパをお願いしたが,65名の方から515,000円のカンパをいただいた(8月29日振込分までの総計)。7月末余剰金残高=前記繰越+当期余剰=953,441円、 これで当面はしのげる見込み。年末には冬季カンパをお願いすることとしたい。

(2)スリランカ・フェスティバルの件

ブース1つを10団体ほどで借りるので,1団体あたり6千円くらいの負担で済み、 いい宣伝ができるだろう。(大畑)

(3)ユース会議 (報告 君島)

立命館大学が毎年やっている「不戦の集い」という行事としておこなうことになった。教職員組合、生協、学生が中心で進められる。NPJには協力が求められているが、 具体的なことはない。米国から学生約10人、 日本側の学生約90人、 計100人くらいで考えられている。日程としては12月中旬になる見込み。

2 国際理事会(IGC)報告(報告・君島)

8月24日から27日までグァテマラの首都郊外のセミナーハウスで開かれた。理事会に先立って22,23日には戦略会議が開かれていたが、 君島は大学の仕事で忙しく参加できなかった。24日も航空会社の不手際で午前中は参加できなかった。

理事会では採決に当たって7種類に区分している。すなわち、全面的同意、支持、容認、ギリギリ許容、棄権、反対、脱退の7種類で,4番目までは賛成を意味する。議事録にはそれぞれの区分ごとに名前を記録する。

24日午後

・2004年におこなわれた理事会議事録が承認された。

・事務局長メル・ダンカン氏の勤務評定。

・財政報告、 年間2百万ドル(約2.2億円)レベルになっている。

・国際化、 米国の比重をいかに下げるかについて。現在国際事務局はベルギーのブリュッセルにあるが、 米国のセントポールにある米国事務所が分担している業務が多い。国際事務局の移転計画について、 できる限り速やかに「南側」に移すべし、という結論となり、適切な候補地を探すタスクフォース(君島もその一員)が設けられた。個人からの資金提供は米国からが圧倒的に多い。財務部長(Chief Financial Officer)をブリュッセルで採用する手続きを進めている。

25日

・執行委員会 (EC)報告は了承された。理事会は現在17人の理事で構成され、3つの委員会に属しているが、この他に執行委員会(7名)があり、 執行委員会は毎月電話会議を開いている。

・戦略・計画委員会、 戦略委員会理事会の前に2日間会議を開いていたが、これは結論を出すための会議ではなくてブレーン・ストーミングを目的としていた。

PBIとNPが違うところは、 大規模を目指すことと南側を含むことだ。そしてMOが基礎だということだ。

MOの活動状況に地域差が大きく、 ヨーロッパでは活発であり、 強力だが、 アフリカ、 アジアでは弱体だ。南側が加わることで非西欧化を進めることが重要だ。アフリカ地域コーディネーターを採用することが急務。

アジアは広すぎるので、 地域コーディネーターのラジヴ一人では目が届かぬ。MOにどのように関わってもらうか、 考えたい。

NPの柱は、 (1)紛争地域へのチームの派遣、(2)能力の構築(人材養成、トレーニング、人材プール、緊急展開能力)だろう。地域的にトレーニングをおこない,1カ月前の通告で派遣できる体制を作りたい。

地域トレーニングはヨーロッパ、 北米では広くおこなわれているが、 他の地域でも取り組みたい。

26日、 スリランカ関係

・NPSLから参加予定のメンバーはヴィザが取れず、結局誰も参加できなかった。

・いつ撤収すべきかについて、論議し、採決をした結果、2006年末で撤収すべきではない、 ということになった。今後毎年IGC(年1回の開催)で議論して行くことになった。なお、撤収はその15か月前に決定する必要がある。

・外部の目による調査をノルウェーのトロムソ大学教員に頼んでいたが、その報告書はあまり役には立たなかったようである。

国際理事会の空席補充その他

・中東地域のイスラエル側の理事としてイスラエル・ナオル氏が推薦された。パレスチナ側の理事であるレナド・クバジの承認を条件として彼を理事に承認する。

・理事が二人辞任している。エリザベス(ラビア)・ロバーツの代わりにシェリ・ワンダー(ミシガン・ピース・チームの代表)が推薦された。フランチェスコ・トゥリオの代わりにカイ・フリーヨフ・ヤコブセンが推薦された。

・執行委員会にヤング・キムが入る。

・財政担当のフィル・リッターがやめ、 すでに理事であるエリック・バッハマンが財政を担当する。

各種提案

・中東ワーキング・グループは既に存在している。

・コロンビアでワーキング・グループを作る。

・ビルマでワーキング・グループを作る。

・ウガンダ・スーダンで暫定的地域コーディネーターを採用することは了承。

・ミンダナオへの早期警戒チームの派遣は合意されなかった。NP全体としての体制なしには踏み込めないという判断。必要かも知れぬが、 大規模にはならないと見ており、 今後も見続けて行く。

・緊急展開能力について、RRC(即応派遣団)の構想は否定された。NPとは別組織を意図しているかの誤解を生むものだ、と見なされた。しかし、緊急展開能力を作り上げて行こうということでは合意に達した。

たとえば、最近、赤十字国際委員会からNPに対してスーダンのダルフールに40人規模のチームを派遣することの打診があったが、NPは応じられなかった。

委員会の再編成

17人の理事と世界全体で10数人のスタッフで、4つの委員会と14の小委員会を作るのだが、 メンバー団体からの参加を歓迎する。NPJからもお願いしたい。

以上で報告は終わるが、 記憶によるものなので、 正確には後日送られて来る議事録を参照されたい。

3年次総会

今年はできないので,2006年末または2007年となる。現在ケニアとカナダから受け入れ提案が出されているが、ビザの制約が少ない国で開きたいということで、総会開催地を選定するタスクフォースがつくられた。

次回IGC

来年9月第3週にスリランカの予定

その他の情報

・12月にエルサレムで非暴力抵抗を記念する国際非暴力会議が開かれる。NPとしては原則上、賛同はしないが、実質的には参画している。NPJからも参加してはどうか?(清末さん、川端さんなど)

・近くスリランカで大統領選挙がおこなわれる(11月になるだろうと言われている)が、選挙監視員の要請が来るだろう。(大橋はスリランカでシャン・パッションから要請を受けている。大橋は参加の方向、小林は考慮中)

君島共同代表からの提案

・NPの国際化(=非西洋の比重を高めること)という観点から、日本のメンバー団体としてNPJが積極的に、主体的に関わって行くようにしたい。NPJの周りにいる人でもよい。阿木と大畑にはトレーニング小委員会に、小林もどこかの小委員会に、かかわってはどうか。(小林は語学力の点で躊躇したが、非西洋化を進めるために、ネイティブでない者のアピールとしてかかわって行くことも検討したい)。大橋はプログラム委員会のスリランカ小委員会に参加することにしたい (君島理事が推薦する)。

・情報の入手について、委員会や小委員会に属していれば、情報は入手できる。その意味でもいろいろな委員会に積極的に参加してはどうか。

・地域コーディネーター、インドにいるアジア地域コーディネーターのラジヴ・ヴォラ一人では東アジア・太平洋まで目が届かない。広島に地域オフィスをおき、岡本さんにコーディネーターをやっていただく、というアイディアを内々に話したが、好意的に受け取られている。日本、韓国、フィリピン、オーストラリヤ、ニュージーランド、太平洋の地域に目を配るようにしたい。これは、資金調達がなかなか進まない日本として、このオフィスをボランティア・ベースで日本が支えることがNPJとしての寄与である、という考え方で進めたい。(他の地域では、地域コーディネーターはNPから給与をもらうスタッフであり、オフィス費用もNPが負担している。日本の場合は旅費だけはNPに負担してもらうつもり)

3 スリランカ訪問報告(報告 大橋)

・NPとは無関係な団体のツアーに参加したのだが、北部スリランカを知ったのは強烈だった。最後に大島さんとジャン・パッションに会えた。会うことと現地を知ることが大事なことを痛感した。(こちら参照

・ジャンと話をして理解し合った。これまでスリランカの情報が流されて来ていないことを改善するよう申し入れた。

・スリランカの状況はいい方向に進みつつある。これを継続することで実績ができるだろう、という。

・大島さんからはフィールド・チーム・メンバー内の摩擦について聞いたが、 北側と南側のメンバーで活動についての要求に違いが出ているようだ。南側のメンバーも報酬だけが目当てではなく、 使命感に燃えている。

4 その他

・NPJの活動について、 他の平和団体との関係を見直してはどうか? もっと連携していかなければならないのではないか、「政治的に立場をとらないこと」に固執していては提携が進まないのではないだろうか、という意見が出された。
またNPの活動のあり方に対する根本的な問題として、派遣スタッフが目標の100分の1の20名弱である現状で年間2億円もかかっている一方、成果がみえにくい中で、本当に世界の平和に資するために今の手法にこだわらずにもっと多様なやり方を模索すべきでは、という問題提起もなされた。

・次回理事会の予定。12月18日(日)13時、NPJ事務所(東京)

理事会に出席して・・・

今回の理事会はなかなかの盛りだくさん,君島さんの国際理事会報告ばかりでなく,大橋さんのスリランカ報告をうかがえることを楽しみにしての参加でした。そして突然,初めての書記役を指名され,内容を書き漏らさぬように,緊張した2時間でした。討議の内容も今後のNPJの方針に関わるなかなかに濃厚なものだったと思っています。

君島さんのご報告で、NPの活動にはメンバー団体からの積極的参加が望まれている、そして国際化=非西欧の比率を高めるためにも、NPJからの参加が望まれているとのこと。かねがね英語のネイテヴたちが,ノン・ネィティヴに対する思いやりに欠けていることを不満に思っ ていた一人として,そのことを声に出すことも必要かな,私も老骨ながら何かやらにゃならんかな,と考え直したような次第でした。同じ思いの方の参加をお待ちしたいところです。

先日NPJの正会員になられ,翻訳チームの一員にもなっていただける田中泉さんがオブザーバーとして出席され,二次会までお付き合いいただけたことを付記したい。今後の活発なご活躍が大いに期待されます。

★カンパにご協力いただきありがとうございました (順不同・敬称略、7月28日〜9月26日)
岡本三夫、中里見博、岡本恒夫、塩見幸子、加藤賀津子、岡崎善郎、楠見和雄、駒崎ゆきこ、岡林利明、田中春美、青木護、後藤由美子、東豊久

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今後の予定

スリランカフェスティバル2005

昨年に引続き、今年も「スリランカ復興開発NGOネットワーク」の加盟団体として出展します。ぜひおいでください。文化、食べ物、そして、スリランカと日本の関係が実感できるイベントです。
ウェブサイト: http://www17.ocn.ne.jp/~slmusic/srilankafestival/
日時:2005年10月15日(土)、16日(日)
10:00-18:00(入場無料・雨天決行)
会場:代々木公園・イベント広場
会場へのアクセス:JR原宿駅より徒歩7分、千代田線明治神宮前駅より徒歩7分、千代田線代々木公園駅より徒歩8分
主催:在東京スリランカ大使館

10月・月例会

日時はお問合せください。
会場:NPJ事務所
東京都文京区白山1-31-9 小林ビル3階
Tel: 080-5520-3077
会場へのアクセス:三田線白山駅下車(A1出口)。地上に出て右に進むとすぐに五叉路交差点につきあたり、そこにあるモスバーガーと同じビルの3階。モスに向かって左側のドアから入り、エレベーターで3階へ。ここをクリックするとNPJ事務所周辺の地図を見ることができます。
参加費:飲食実費(1000円程度、飲み者・食べ物持ち込み歓迎)

非暴力連続講座

第14回 非暴力の経済学2 ほっとけない世界のまずしさ

ニューズレターNo. 10前回に続き「非暴力の経済学」のシリーズの2回目として、今世界的に行われいる貧困根絶運動である「ほっとけない、世界のまずしさ」キャンペーンの事務局をやっている田中さんから、運動の背景と経過を報告してもらいます。併せて経済のグローバリゼーションに対抗する世界の運動と課題についてのお話しし てもらい、私たちを取り巻く経済の流れをどう変えていくか一緒に考えていきます。

日時:10月1日(土) 13:30〜16:30
会場:文京シビックセンター 3階和室
東京都文京区春日1-16-21
Tel: 03-5803-1105
会場へのアクセス:東京メトロ地下鉄丸の内線・南北線「後楽園駅」徒歩1分
都営地下鉄三田線・大江戸線「春日駅」徒歩1分
地図はこちらをご覧下さい
講師:田中徹二(オルタモンド事務局長)
参加費:800円

第15回非暴力連続講座 「市民運動と非暴力」

 講師: 阿木幸男
 日時: 11月5日(土) 18:30〜21:00
 場所: 文京シビックセンター4階・和室1

特別編 スワラジ学園訪問(茨城県新治郡八郷町)

日時: 11月27日(日) 11:30石岡駅集合予定17:00石岡駅解散予定
場所:スワラジ学園(茨城県新治郡八郷町)
交通:JR常磐線石岡駅下車、バスで30分。石岡駅までは上野駅から普通で1時間半、特急で1時間。
講師:筧次郎(スワラジ学園・学園長)
申込み:参加希望者は11月22日までに申し込んでください。参加者には追って詳しい案内をお送りします。
申込み・問合せ:非暴力平和隊・日本(大畑豊)
Tel: 080-5520-3077 E-mail: ohata-yu@jca.apc.org

第16回非暴力連続講座 「ジェンダーフリーバッシングはなぜ生じるか?」

 講師: 中里見博(福島大学助教授、NPJ理事)
日時: 12月10日(土) 時間未定

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事務局だより、ほか

会員募集

■非暴力平和隊の理念と活動に賛同・支援してくださる個人および団体を会員として募集しています。入会のお申し込みは、郵便振替、銀行振込、非暴力平和隊・日本ウェブサイトの「入会申し込みフォーム」をご利用下さいますようお願いいたします。

●正会員(議決権あり)
・一般個人:1万円
・学生個人:3千円
*団体は正会員にはなれません。
●賛助会員(議決権なし)
・賛助個人:5千円(1口)
・賛助学生:2千円(1口)
・賛助団体:1万円(1口)

■郵便振替:00110-0-462182 加入者名:NPJ
*通信欄に会員の種類を(賛助会員の場合は口数も)ご明記ください。 例:賛助個人1口

■銀行振込:三井住友銀行 白山支店 普通 6622651 口座名義:NPJ代表 大畑豊
*銀行振込をご利用の場合は、お手数ですが電話・ファックス・メールのいずれかを通じて入会希望の旨、NPJ事務局までご連絡くださいますようお願いいたします。

■ウェブサイトからのお申し込み

NPJの冊子『平和・人権・NGO すべての人が安心して生きるために』

君島共同代表が『平和・人権・NGO すべての人が安心して生きるために』(新評論)に、「平和をつくる主体としてのNGO」という章(約30ページ)を書いており、この中で非暴力平和隊のことを詳しく紹介しています。出版社のご厚意により、この1章の抜き刷りを作成し、配布させていただけることになりました。是非、非暴力平和隊の紹介にご活用ください。A5版・表紙カラー・一部300円(送料別)ご注文は事務局まで。

お申し込み・お問い合わせ

■非暴力平和隊・日本に関する資料のご請求や各種お申し込み・お問い合わせは 本誌表紙に記載されているNPJ事務局までお願いいたします。

事務局便り

前々から理事会を開くことになっていた9月11日が突然総選挙日ということになってしまったので,前もって不在者投票を済ませ半年ぶりに上京しました。9.11という日を選ぶとはどういう神経なのか,選挙の勝利を祝う歓声を挙げるにはふさわしい日とは思われぬな,どういう国際感覚なのかな,などと思い巡らしつつも,片道5時間,理事会資料をひっくり返しながらの旅でした。(小林善樹)

非暴力平和隊(NP, Nonviolent Peaceforce)とは...

ニューズレターNo. 8地域紛争の非暴力的解決を実践するために活動している国際NGOで、非暴力平和隊・日本(NPJ)はその日本グループです。

これまで世界中の平和活動家たちが小規模な非暴力的介入について経験を積み、功を収めて来ました。NPはこれを大規模に発展させるために2002年に創設されました。

非暴力・非武装による紛争解決が「夢想主義」でも「理想主義」でもなく、いちばん「現実的」であることを実践で示していきます。

NPは、地元の非暴力運動体・平和組織と協力し、紛争地に国際的なチームを派遣、護衛的同行や 国際的プレゼンス等によって、地元活動家等に対する脅迫、妨害等を軽減させ、地域紛争が非暴力的に地元の人によって解決できるよう、環境づくりをすることを目的としています。

NPは2003年11月からスリランカに、日本人1人を含む13人のメンバーを派遣し活動しています。

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