非暴力平和隊・日本

野田真紀インドネシアレポート:No.11

No.11 2002年10月29日

Apa Kabar? Saya masuk angin beberapa hari yang lalu, tetapi sedang sembuh.
(皆さん、いかがお過ごしでしょうか? 私は、数日前に風邪をひいてしまいましたが、大分よくなってきています)

今月は、7日から14日まで休暇をとり、その後ジャカルタオフィスにて働き、24日から28日まで、北スマトラのブラスタギというところで、PBIのワークショップに参加しました。これはPBI内部のトレーニングで、ジャカルタチームとアチェチームが参加しました。日本語にどう訳していいものかと悩むところですが、主旨は、Facilitation and consensus decision making (会議・会合の進め方と合意形成)についてでした。PBIの決議はすべて、consensus(全員合意)ですので、その論理や、やり方、また、ミーティングを進めていくために必要なfacilitator(進行役)とはどう役目をするのか、またそのやり方についてのトレーニングです。これは、personal development(個人の力量を高める研修)の一環です。

今は、アチェオフィスに居ります。

休暇、ということで1週間ほどバリに行ったのですが、その間に、12日の爆破事件が起こりました。私が泊まっていたホテルは、事件が起こったところからほんの数百メートルしか離れていないところにありました。あの夜は、かなり疲れていたので、そろそろ寝ようかとベットについた矢先のことでした。かなり大きな爆発音と振動で飛び起き、あまりにも大きな音だったので、初めは私が止まっていたホテル内の爆発事故だと思いました。

部屋から飛び出すと、他に泊まっていた人たちも何が起こったのかと飛び出してきました。そして見たものは、大きな炎。炎は瞬く間に大きくなり、周りにあるものをどんどん焼き尽くしていきました。その時は、何が起こったのかまったくわからず、ガス爆発なのではないか、周りの人々は話していました。私自身も、まさかバリで爆弾が仕掛けられるとは思っていなかったので、ガス爆発なんだろう、と思っていました。

炎はどんどん広がり、小道は火事から逃げる人たちとバイクでいっぱいになっていました。消防車や救急車の音が鳴り響き、これはかなり大きな事故なんだということがひしひしと感じられてきました。

爆発から1時間ほどたって、私が泊まっていたホテルにも助けを求める人たちが集まってきました。何人かの人たちは火傷を負い、何が起こったのかを集まる人たちに絶望的な表情で語っていました。そのときに「爆弾が仕掛けられた」ということを知りました。ホテルには、惨事の中で見失った友人を探しに来た人たちもたくさんいました。

翌日は、すべての話題は昨夜の爆発事故で一色となりました。

人々はテレビに釘付けとなり、大惨事に言葉をなくしていました。PBIの友人たち、日本大使館のお世話になっている方から私の無事を確認する電話を頂きました。幸いにも携帯電話を持っていたので、連絡を取り合うことができました。現地で知り合ったインドネシア人たちは、自分たちの友人を一度に数十人と失ったことに大きな悲しみに打ちひしがれ、彼らの悲しみをどうすればよいのかと途方に暮れていました。爆破事件がおこった場所に行きましたが、あまりの惨状に言葉をなくしました。爆破事件が起こった場所だけでなく、その周りのすべてのお店の屋根や窓は粉々となり、いつもは買い物客でにぎわっているLegian通りの姿をまったく失っていました。火傷を負った人たち、友人の行方を探す人たち、悲しみに打ちひしがれ泣き崩れる人たち……。

多くの人たちの命を一度に奪い取ったこの事件は許せるものではありません。未だに身元が判明していらっしゃらない方々もいます。この事件を期に、世界中の目がインドネシアに集まっています。バリは、インドネシアでも唯一安全な場所とされていました。また、多くの人たちが、インドネシアには行った事はないが、バリには行ったことがある、というコメントをすることも。

バリは観光が収入源の大半を占めています。この惨事はバリに大きな被害を与えています。それに加え、バリの人たちは、また爆弾が仕掛けられるのでは、とびくびくしています。また、バリの人々だけでなく、インドネシア全体が同じ恐怖を感じでいます。

その現場にいたこともあり、しばらくは事故のこと、バリのことに触れること、聞くこともできませんでした。大惨事を目の前にして、何もできない自分の無力さをひしひしと感じました。PBIはバリには活動拠点を置いていませんので、直接何かができるというわけではないのですが、PBIの一員としてアチェで非暴力平和活動を推進することで、その概念、活動が地方へも進展していくことを願っています。

この爆発でお亡くなりになられた方々に こころからご冥福をお祈りいたします。また、怪我をなされた方々の早期の回復をお祈りしております。

野田 真紀

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