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非暴力平和隊実現可能性の研究【第1章 第1節(4)】

第1章 非暴力平和隊のイメージ

クリスティーネ・シュバイツアー

1.1 いくつかの概念の明確化 - 非暴力、紛争、および紛争介入

1.1.4 紛争介入

紛争への介入は、確かにいつもおこなわれて来たのではあるが、紛争介入に関する討論は、どちらかと言えば最近の事象であり、1989年に東西対決が終わってからさかんにおこなわれるようになった。介入とは「支配システムに対して、外部から何らかの影響を与えることであって、その影響が非暴力的手段によってなされるか暴力的手段によってなされるかは問題ではない」である。

「紛争介入」という用語は、もうひとつの「支配システム」の中の紛争に影響を及ぼすために企てられたそのような関わり合いに用いられるであろう。この定義は、手段(軍事的、外交的、その他)、紛争のタイプ、介入者(国家、国際的な国家組織、NGO、その他)、ならびに介入を始める目的/目標については触れていない。

1.1.4.1 紛争介入の目標と動機

紛争介入のための目標あるいは動機には、少なくとも13項目の種類がある。どのような時点におけるどのような事例での活動であっても、しばしば二つ以上の目標あるいは動機がある。 いくつかの例外はあるが、ほとんどの目標と動機は、国家の状態と非政府側の状態の両方に見いだすことができる。ここに挙げる目的と動機に関する例は任意に選ばれたものである。

通常自分自身の組織的動機を多く持っている介入者にとって、彼らが紛争に関与する時、そこには動機と目標しかない。 例をあげれば、政府からの何らかの行動を期待しているロビイストや有権者を満足させるために、人気のあるプロジェクトを後援することによって一般の信用を勝ち取るために、あるいはスポンサーなどから新しい資金を得るために、といったものである。

1.1.4.2 関係者たち

多数の介入者が考えられる。 一方では諸政府間で定着している区別と、(外交の第2トラックのもとで見られる)その他のすべては、外部団体による紛争転換の中で何が実際に進行しているのかについて適切な描写を与えない。 それ故に、ルイーズ・ダイアモンドとジョン・マクドナルド大使は、9段のトラックを特徴とする多段トラックの外交という概念を導入した。つまり、政府、専門的紛争解決、ビジネス、民間人、調査・訓練・教育、行動主義、宗教的、資金的、そして世論である。 この概念に基づいて私は、それぞれにいくつかの「亜類型」を持っている二つの主要なタイプの関係者がいる、と提案したい。

図1.5 紛争介入の関係者たち

a. 二つの広いカテゴリを持つ国家/政府

b. 四つの広いカテゴリを持つ非政府組織関係者

これは理想的なイメージであり、実際には、多くの非政府関係者は、彼らが居住し働いている国家と非常に明確な関係を持ち、依存さえしている。上記の図表では、その関係が特に目立つ二つ(メディアと政党)についてのみ、その関係がマークされている。

1.1.4.3 戦術/手段

非暴力行動の幅広い分野について、ジーン・シャープが試みたように紛争介入の手段と戦術の完璧なリストを作成するのはたぶん不可能であろう。 シャープは戦術を、心理的、物理的、社会的、経済的、そして政治的に区分している。

1.1.4.4 市民による介入と非暴力介入

紛争介入のいろいろな形式を区分する主要な条件が、破壊的な直接暴力が用いられるかどうかであるならば、軍事的介入と市民による介入の間の区分は有意義なものとなる。

したがって、市民による介入はすべて民間人(軍人とは対極的な)によって実行される介入であり、破壊的な個人的暴力を振るうことはない。

しかし、紛争介入を区分するもう一つの方法がある。それは強制的手段を用いる介入か、用いない介入かである。たとえば、経済制裁あるいは力を背景にした調停のように、市民による介入のカテゴリの中には、強制的な手段も含まれている。そのうちのいくつかは実際に高い率の人的被害を引き起こしている。国連の公式発表の数字によれば、イラクに対する経済制裁は、1991年から1996年までの間だけでおよそ60万人の子供たちの命を犠牲にした。それは多くの武力行動のもたらした人的被害よりもさらにひどいものだ。

したがって私は、市民による介入と非暴力介入とを区別する必要があり、後者は前者の下位カテゴリである、と看破している著者たちに同意する。 私は非暴力介入の定義として以下を提案したい。

以下の条件を満たす紛争介入を非暴力介入と呼ぶことができる。すなわち、

  1. その目的が紛争転換であり、かつ、介入者(すべての紛争当事者の利害を考慮に入れている非党派的な外部団体として、あるいは、紛争中の一方を支持している党派的団体としてのいずれであれ)が、[紛争転換]および[人権と公正]、あるいはそのいずれかにかかわる場合であって、かつ、
  2. 破壊的な暴力は、直接的にも、間接的にも用いられないこと。

この定義には、議論の的になるかも知れない二つの帰結がある。
最初に、介入者たちの自国、あるいは、紛争が起きている人たちの本国、のいずれでおこなわれても 、それは非暴力介入である。

2番目に、非暴力介入は同情的なのかも知れない。この話題は、上述の 非暴力紛争の進展についてのパラグラフで既に触れてある。議論は次のように続く。もし紛争中の当事者の間に、大きな力のアンバランスがあるならば(あるいは、程度にもよるが、紛争が潜在化しており、敗者側が彼ら自身を組織することすら始められないほどに、構造的暴力が非常に甚だしいのかも知れない)、非暴力介入は、敗者側を強くすることを志すものでなければならない。これは新しい主張ではない。 ヨハン・ガルトゥングは1980年代の初めからこの主張をしている。しかし、紛争介入に関する文献の大部分の中では今なお、無党派的性格が自動的に、そして定義によって想定されている。

図1.6 紛争介入の種類

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